二人とも達した後、息も絶え絶えなリョウとは違い、体温が上がり元気になった作兵衛は、すぐに動き出した。 濡れた服の下がった縄を火の近くに吊るし直し、一緒に干してあった濡れた手拭いで自分とリョウの身体を拭った。 「自分でやる……、触らないで」 「だって、動くの辛ぇだろ」 そんな問答があったはあったが、作兵衛が押し切ってリョウの身体を拭った。 いくら事の後であるとは言え、汗をかいた背中だけでなく、胸元や体液で濡れた脚の内側を拭われるのはものすごく抵抗があったが、作兵衛は譲らなかった。 それでも、まだ服は乾いていないので、お互いふんどしと腰巻だけと言う姿は変わらない。 今度は、作兵衛がリョウを膝の上に抱き込むようにして、火の前に座った。 「……やっぱり、こうなるんじゃない」 「これが一番あったかいから、仕方ないんだろ」 喉の奥で笑いを押し殺しながら、作兵衛が言う。 それは、リョウが口にした言葉である。 最初に渋ったのは作兵衛のくせに、やることをやったら急に強気になった。 何だか面白くない。 リョウの手を包み込みながら、作兵衛がもう一度、囁いた。 「なあ、そいつと一緒になって幸せになれないなら、俺を選べよ」 「一度だけって、言ったくせに」 「それも嘘じゃねぇけど、可能性があるならずっとが本音だな」 作兵衛は、リョウの首筋にかかった髪に鼻先を押し付けた。 「何度でも言う。好きだ。だから、俺を選べよ」 「だって、作兵衛。でも、そんなことしたら、作兵衛の家族にだって、迷惑になるかもしれないのに……!」 リョウは上半身を捻って、作兵衛にすがりついた。 作兵衛の実家は、リョウの家が仕える領地とは違うので、直接、咎めとして何かされることはないだろうが、それでもリョウの実家はそれだけの影響力を持つ家だ。 「大丈夫だって。むしろ、良くやった!ってうちの親なら手ぇ叩くぜ。それで、いつか戻って来いって言うな」 今度は自信に満ちた、からっとした声で笑って、作兵衛はリョウの頭を撫でた。 「ほらな。リョウは鉄の女なんかじゃない。優しいところも、気遣いも、ちゃんとあるじゃないか」 「作兵衛っ」 「気性が荒いのもわかってるが、怒ってる顔より、さっき、うちの親を心配してくれたときの顔の方が可愛い」 「かわっ」 「ああ、可愛い。守ってやりたくなる顔してる」 「作兵衛のくせに、どうしてそんなことをさらっと言うのよ」 「おまえは俺を選ぶだろ?」 「………っ」 その言葉に、リョウは声が出なかった。 「ちゃんと連れ去ってやるから、卒業までは粘ってくれよ」 「馬鹿、作兵衛の、馬鹿」 完全に振り返って、リョウは作兵衛の首に抱きついた。 「もう、戻れないんだから。言ったこととやったことの責任とって、ちゃんと惚れさせなさいよ」 作兵衛の言葉に一筋の希望を見出してしまったなら、もうあの絶望の中には戻りたくない。 今あるすべてを、帰る場所を、失うことになっても。 リョウが生まれ持った、その責任を投げ出すことになるのだとしても。 そして、その可能性を差し出した、リョウを離そうとしなかった作兵衛を、今までよりはきっと好きだけれど、それは悔しいから言わない。 「全部、作兵衛のせいなんだからね」 「それで良いさ。だから、俺を選べよ」 「……うん」 「やっと頷いたな」 リョウの顔を両手で包み込むように持ち上げて、作兵衛は笑った。 「好きだ」 額に。 「大切にする」 目尻に。 「必ず幸せにできる自信はないけど」 鼻先に。 「努力する」 唇に。 作兵衛の唇が落とされた。 そのままぎゅうと抱き締められて、作兵衛の下半身が再び熱を持ち始めているのに気づいて、リョウは身を震わせた。 「無理、無理だから。それに、今、まだ演習の最中なんだから」 「雨はまだ止みそうにない。それで、服もまだ乾かない。手っ取り早く暖をとりたくないか?」 「無理」 「どうしても?」 髪をかき上げて、再び頬を包みこんで、作兵衛が囁いた。 低く艶を含んだその声に、リョウは抗った。 「どうしても、無理!」 「あーあ、そりゃ、残念」 リョウを抱き直して、作兵衛は心底からため息を吐いた。 「……止めてくれるの?」 「だって、無理なんだろ?」 「さっきは、強引にしたくせに」 「ちゃんと確認はしただろ。頷いたのはリョウじゃないか」 「止める気なんか、なかったくせに」 ぐずぐずと言うのは、リョウが甘えているからだと、そのわかりやすく変化する表情で理解して、作兵衛は口元がゆるむのを止められなかった。 「次の確証があるなら、焦る必要はねぇだろ。さっきはだな、これ一度きりの機会だと思ったし、だいたい、その前にリョウが挑発するようなことするから我慢できなかったんだろ」 「挑発なんてしてない」 「した。あれで我慢できる男は、いない」 そう力いっぱい作兵衛に断言され、リョウは頬を膨らませた。 「作兵衛が冷たくてかわいそうだから、あたためてあげようと思っただけなのに」 「リョウ以外の相手なら気まずいくらいで済むがな、惚れた女は別」 ついさっきまでは好きだと言われても、反発しか沸かなかったのに、今度こそ、リョウはぱっと赤くなった。 その反応に気を良くして、作兵衛はリョウの肩を抱き直した。 「何度でも言ってやる。好きだ」 「作兵衛のくせに」 「んでだな、食満先輩の受け売りだけどな」 くくっと笑って、作兵衛はリョウの耳元に囁いた。 「繰り返し耳に入れるのは、効果的らしい」 「な、何が」 「リョウは俺を好きになる」 どうにも恥ずかしくなって、リョウは自分の顔を手で隠した。 「おまえは、必ず富松作兵衛を好きになる」 「もう、止めてってば」 「責任を持って惚れさせなきゃいけないんだろ」 「馬鹿」 恨みがましく作兵衛を見上げる表情を見て、もう、リョウを鉄の女などと言う人間はいないだろう。 くるくると変わる表情を持つ、可愛い女の子だ。 「今は演習中なんだからね」 「ああ、わかってる。雨が止んだらとっとと済ませよう」 雨音は弱くなっているのが、気配でわかる。 「服は乾いたかな?」 「どうだろうな、見てみるか」 そうして、雨が止んだ頃、二人は横穴を出て、再び裏裏裏裏裏山踏破のために走り出した。 ・・ ・・ 翌年の卒業を境に、一人の元忍たまと元くのたまの卒業生二人の行方が知れなくなった。 左門と三之助は迷子を発揮して、その後も何度か遭遇した情報はあるのだが、どこで会ったのかはわからないので、二人がどこへ消えたのかはわからない。 納まるところへ納まったのだ。 わざわざ探そうとする者も、忍術学園内にはいなかった。 祝・5万hit! ← |