「だからねタカ丸、今日こそ私先輩との決戦の日なの!」

艶やかな黒髪を梳かれながら、リョウちゃんは力強く僕へと語る。ああ何て綺麗な髪だろう、うっとりと櫛を通るその感触に僕が夢中になっていると、その髪の持ち主はキッと眦を吊り上げつつ振り返った。

「ちょっと聞いてる!?」

「はいはい、聞いてるから真っ直ぐ前向いててねぇ」

渋々前に向き直るリョウちゃんの素直さに苦笑しつつ、再び髪を結い上げる作業に取り掛かる。そういえば、随分昔からリョウちゃんの髪を結い上げるのは僕の仕事だ。僕とリョウちゃんは学園に入る前からの幼なじみ。僕がまだまだ未熟だった頃、父の見様見真似で始めたのがきっかけ。つまり、僕の一番最初のお客様。

「ねぇタカ丸、今までで一番気合い入れてよろしく」

楽しげにそう話す彼女の横顔は、小さな頃から変わらない。「上手だねタカ丸!」と鏡越しに僕の覚束ない手を見つめながらそう笑った彼女と同じ表情だ。ぎゅうと胸が切なくて仕方なくなる。

「リョウちゃんはその先輩のどこが好きなの?」

「えぇ?!うーん、そうだなぁ…まずカッコいいし、あと優しいでしょ、それからー…」

「モテそうだよね」

「そうなのだから敵が多すぎで本当に困っちゃう。だから今日出掛ける約束をした私は、他の子より一歩リードってわけ」

頬を赤く染めながら、にこにこと笑みを浮かべる。苦しくなるくらいなら、僕もこんなこと聞かなければいいのに。もやもやを誤魔化すように、笑い返してぐいっと梳いていた髪を上に上げる。ちらりと目にリョウちゃんの真っ白な項が目に入る。白く、滑らかなそれにドキリと胸が騒ぐ。

幼い頃からリョウちゃんの髪を弄ってきたのはこの僕だ。だから今さら項なんて見慣れている、そう思っていたのに。匂い立つ様な艶めかしさが彼女の伏し目がちな横顔と首筋に掛けて零れる。


あぁ、ねぇ。
僕の知らない間に、そんな綺麗になっちゃったの。


「どうかした?タカ丸?」

そう見上げる瞳も、呟く唇も、小さい頃から変わらない筈なのに、僕に向けられてるというそれだけでどうにも苦しくなる。いつか、もしかしたらそれは今日かもしれない。その瞳も唇も、僕じゃないその先輩だけのものになって。この真っ白な項に触れることができるのは、僕だけじゃなくなる。



括ろうとしていた髪が掌から滑り落ちる。漆黒がはらりと白い項を覆い隠すように散る。その黒が白を浸食する様を見つめながら、無意識に後ろから彼女を抱き締めていた。

「ちょ…タ、タカ丸?!」

「………」

「どうかしたの?と、突然…」

「リョウちゃん、」

「…?」


「行かないでよ」


ポツリと呟いた僕の言葉に、腕の中でリョウちゃんがピクリと身じろぐ。髪に頬を寄せながら、ぎゅうと腕の力を強める。分かってる、馬鹿みたいな独占欲だって。

腕の中で戸惑っているリョウちゃんだって、もう立派な女性だ。僕だって、幼いあの頃とは違う。ただ純粋に、髪を梳いて笑っていられた子どもじゃない。

僕の心を染め上げるこのどす黒い感情の名前も分かってる。本能が理性と平行して僕に押し寄せる。あぁ苦しい、苦しいよリョウちゃん。行かないで、なんて勝手な言い分だって分かってる。でもね、僕はずっとずっと前から本当は君が大好きなんだ。白い項を見ただけで、胸が苦しくなるぐらいグラグラと揺らぐ。髪を掻き上げてそこに唇を寄せたい、そんなことを考えてしまうただの1人の男なんだ。

「タ、カまる…」

「ねぇ好きだよ、本当は先輩のところになんて行かせたくないんだ。ずっとずっと昔から、リョウちゃんが好き、リョウちゃんだけが好き」

耳元へ唇を寄せて、鏡越しにその瞳を見つめて、そっと囁く。そうすれば真っ赤に染まる頬。にこりと微笑んで、腕の中に彼女を閉じ込める。僕だって、リョウちゃんにこんな表情をさせられる。まだ間に合うよね、逃がさないよ、逃げられないよ。

だってほら、もう捕まえた。



目隠し鬼




行かないで、
逃げないで、

早く僕におちておいで。






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