俺の胸の内をリョウに打ち明け、同居人から恋人へとなってから数ヶ月が経った。

朝目が覚めればいつだってリョウがいるし、おかえりもただいまもおやすみもリョウの声が聞けるだけで俺はあの日の自分を褒め称えたい気持ちになった。


「…………」

ただ、最近気になることが一つある。

「ただいまー」

「……おかえりリョウ、遅かったね」

「バイト長引いちゃってさ」

へらっと笑う表情にも疲労が僅かに滲んでいるが、何故突然バイトにこんなにも励みだしたのだろう。生活費はお互い半々で出し合っているから、普通の1人暮らしよりもよっぽど楽な筈だ。何か欲しいものが出来た?この間誕生日の時に欲しいものを探ったけど、そんな高そうなものが欲しいなんて言ってなかった。じゃあ何故だ?疑問が湧いては不消化なまま胸に蟠る。

本当に、バイトなんだよな。

そんな、リョウが聞いたら絶対に怒りそうな疑問まで頭をよぎる。リョウのことはもちろん信じてる。けれど、不安になるのは仕方ないだろう。それほど、俺はリョウが好きで堪らない。元々は偶然に偶然が重なった出会いだったけれど、一緒に過ごせば過ごす程、居心地の良い彼女の空気に惹かれ、気が付けば離れられなくなっていた。だから、互いに隠し事なんてしたくないし、何かあるならいつだって俺に一番に相談して欲しい。

それに、もう何日もリョウに触れてない。

着替える為か自分の部屋へと入っていく、リョウを追い掛ける。入り様に声を掛ければ、驚いたように見開いた瞳が俺を見つめた。

「わっ!びっくりした、どうかしたの兵助?」

「なぁ、リョウ」

「ん?」

「…俺のこと好き?」

「はい?」

唐突過ぎる俺の言葉に、リョウは目を瞬かせていたが、やがて視線を泳がせながら真っ赤な顔で頷いた。その姿に、ほっと安堵する俺も随分単純だけど。

「突然どうしたの?」

訝しげなリョウの視線が向けられて、今度は俺の方が僅かにたじろぐが、ポーカーフェイスは得意分野だ。何食わぬ顔で彼女へと距離を詰める。

「ちょっと聞きたくなっただけ。最近バイト忙しそうであんまり話せなかったし」

「あ、う…うん、ごめんね」

その瞬間に、何かを隠すかのようにリョウの視線が彷徨う。もやもやと再び立ち込める不安に胸がざわついた。

「……何か隠してる?」

「え!?」

ぎょっとした顔に、疑惑が確信に変わる。一瞬にして自分自身の眉が顰められるのが分かった。ギクリと彼女の足が後退する。その距離を詰めるように迫れば、足先に何かの書類のようなものがぶつかった。

「?なんだこれ、」

「あああ!待ったダメー!」

制止の声も聞き飛ばし、拾い上げた書類をパラパラ眺めれば、それはいくつかの不動産情報の書類だった。

「………」

「………」

「…どういうこと」

「あのね、兵助…実は、っ!」

その言葉の先を聞きたくなくて、俺は勢いのまま無意識のうちにリョウをベッドへ押し倒していた。バサリと床に書類が散る。見上げるリョウの瞳が困惑に満ちる。ぎゅうっと彼女の手首を握り締める手に思わず力を込めてしまう。ぐるぐると猛烈なまでの感情が心を埋めた。

「…俺、傍にいてくれって言ったよな」

「兵助、聞いて!」

「何で今更離れて行こうとするんだ?他に好きな奴でも出来た?やっぱり俺と一緒にはいられなくなった?」

「ちょ、落ち着いてよ!大体私そんなこと一言も言ってない!」

「でもそういうことだろ?また出てこうとしてる癖に」

「違うよ!大体あの書類は…っ!」

言葉を紡ぐ唇を無理矢理に塞ぐ。もう聞きたくない。好きな奴が出来たなら、そう言ってくれればいいのに。そうしたらもう絶対に、離してやらないのに。

「もしリョウが別の誰かを好きになったんだとしても、そいつなんかに渡さない」

「やっ…、兵助!」

首筋を辿る指先に、ビクリとリョウの肩が跳ねる。その瞬間僅かに開いた唇から舌先をねじ込めば、くぐもった声が吐息と共に零れる。この声も、唇も、全部誰にも渡すもんか。やっと手に入れたんだ。傍にいられるんだ。強引すぎるそれにリョウの表情が苦しげに歪む。しばらく触れてなかった反動のせいか、ほとんど僅かな理性しか残らない。それすらも、手放そうとしたその時だった。

「あのね…っ、それ!兵助と住もうと思って探してたの!」

リョウの言葉に、上着をたくしあげようとする俺の手がピタリと止まる。真っ赤な顔で、ぜいぜいと肩で息をしながらリョウが俺を見つめた。

「は?」

「だから、偶然じゃなくて、ちゃんと一緒に住むことにしたでしょ!だから、もう少し広いところないかなって、不動産屋に探して貰ってたの!」

「本当に…?」

「嘘なわけないでしょ!大体バイトだって、その引っ越し資金貯めようと思って…!わっ」

「良かった…」

半身を起こしかけたリョウを飛びつくようにして抱き締める。バランスを崩して再びベッドに沈むが、腕の中の感触と体温に一気に安堵する。

なんだ、じゃあ全部
俺の勘違いか。

「…ごめん」

「ひどいよ、私浮気なんかしないのに」

「ごめん、疑って…不安になった。リョウがいないと、俺はやっぱり駄目だ」

ぎゅうっと抱き締めれば、リョウの髪の香りで一杯になる。蜂蜜みたいに甘い。くらくらするような、俺はこの蜜から離れられない。

「でも、俺にも相談してくれれば良かったのに」

「だ…だって、なんか私兵助と住むことにノリノリになっちゃって…せめて色々見通し付くまでは黙っておこうと思って、」

真っ赤になりながらもそもそと零す。あぁほらやっぱり離れられない。愛しくて愛しくて仕方ない。一緒に暮らしていくことを、こんなにも前向きに考えてくれている。

「リョウ、大好き。ずっと傍にいて」

「うん…」

「それに、俺はまだまだこの家でいいよ」

「え?」

きょとんと目を丸くした彼女に、俺はとろけるように微笑んだ。


「だって、狭い方がそれだけリョウと傍にいられるだろ」



Honey Bunch




「というわけで続きしようか」

「え?あれ?丸く収まったんじゃ…わぁー!ちょっと待って待って!」

「もう待った」

(なにこのデジャヴ…!!)




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