「そういえば兵助、私そろそろ引っ越そうと思うんだけど」

それは私が夕食後の片付けをしている時にふと投げかけた提案だった。食器を流す水の音で聞こえなかったのか、兵助は「え?」と聞き返した。

「だから、私そろそろここ出てって新しいとこ入るって言ったの」

私と兵助は、不動産屋の手違いで何故か一つの部屋にダブルブッキングという嘘みたいな話で出会った間柄だった。どうしても私達2人の条件に合う物件の空きが今現在見つからず、しかも既にこれまで住んでいた場所を引き払ってしまっていた私達は、利害の一致と言うべきか災難に遭った者同士で意気投合してしまい、物件の空きができるまで共同生活をしようということになった。

一つ屋根の下、年頃の男女が2人とは如何なものかとも言われるが、何のことはない。あくまでいち同居人だと割り切ればやれないことはなかった。雨風凌ぐためには細かいことは言ってられない。兵助は第一印象は表情の乏しい美形という何とも言い難い人物ではあったが、干渉してこないし静かだし、一緒に住むには非常に楽な相手だった。向こうがどう思っているかは知らないが、私にとっては好都合だった。料理や家事も交代できちんとこなしてくれる。ただし彼が料理をした場合大抵が豆腐料理になるのでそこだけは難点だ。

毎日ではないけども、どちらかが家にいれば「おかえり」の言葉で出迎える。ここ数ヶ月ですっかり馴染んだ私達の習慣。1人で暮らしていた日々とは大違いだ。家に灯される明かりが嬉しかった。けれど、それにもそろそろピリオドを打たなくてはいけない。

同居という名の共同生活を始めて数ヶ月、私は困ったことに兵助を好きになっていた。

「昨日不動産屋から電話きて、部屋が一室空いたんだって。私の条件にも近いし、そこ入っちゃおうかと思うんだけどさ」

私か兵助か、どちらかがここを出て行く。いつかは来ると分かっていたことだ。私達はもともと赤の他人。私がここを出て行けば、同居人という関係から再び赤の他人に逆戻りする。兵助の飽きるほどの豆腐料理も、無表情を少し和らげて告げる「おかえり」も、学校で疲れきった私を静かに慰めるこの手のひらも、全てがリセットされる。本当はこのままこの同居生活が続けばいいと心の片隅では思ってる。けれど、曖昧なままで私がここにいたら、きっと迷惑だ。

兵助と同じ大学の学生に聞いた話。兵助はやはりモテるのだそうだ。そりゃこんだけイケメンで真面目で頭も良い男を女は放っておくまい。けれど、このままじゃ兵助は彼女すら作れない。私という同居人のせいで。そして何より、一番近くで兵助を見てる私が、きっと兵助の彼女の存在に耐えきれなくなる。臆病者はこれ以上辛くなる前に逃げるが勝ちだ。

「短い間だったけど、ありがとね。なかなか楽しかったよ」

「……………」

「日取りとか、まだ全然決まってないけど、荷物とかもまとめなくちゃいけないから、ちょっとうるさいかも」

「嫌だ」

「え、あ…うん…なるべく静かにやるよ、だから」

「そうじゃない」

兵助が何かを堪えるみたいな表情で、キッチンに突っ立っている私へ迫る。思わずたじろいだ私は、背中を冷蔵庫へぶつけた。痛い…けどそれどころじゃなくて。これ以上後退できない私に兵助が距離を詰める。不機嫌そうな表情で見下ろされる。そんなに騒音が嫌いだったとは思いも寄らなかった。どうすればいいのこの状況。

「嫌だ、駄目」

「そう言われても…」

「駄目……行かせない」

「…え?」
ポツリポツリと呟かれた言葉。その一言に思わず顔を上げれば、見たことがないくらい真剣な表情で、兵助が私を見つめていた。

「…初めは俺だって次の部屋が見つかるまでのつもりだった」

「…………」

「でも、リョウとまた赤の他人の関係に戻るなんて…俺は嫌だ」

逃がさないとでも言いたげに私の顔の両脇を兵助の腕の檻が囲う。そんな表情で声で、今そんなことを言わないで欲しい。勘違いしそうになる。

「う、あ、遊びにくるから…!」

「でもリョウに毎日会えるわけじゃないだろ?それとも毎日来てくれる?」

「そ…それじゃ引っ越す意味なくない?っていうかさ、私と住んでるんじゃ…その、」

「ん?」

「兵助、…彼女できないよ?勿体無いじゃんモテるらしいのに…」

自分で自分の傷口を思い切り抉ってる気がするが、告白する勇気もない私が言えた義理ではないので知らないフリをすることにする。っていうか兵助がこんなに渋るなんて意外だ。普段豆腐くらいにしか執着を見せないのに。期待やら不安やら色々な思いが頭の中をぐるぐる回る。見透かすような兵助の視線に耐えきれず、ついに視線を泳がせた。

「リョウ」

「はい」

「まだ分かんないの」

「な、何を」

「俺はリョウが好きだってば」

「…………へ?」

素っ頓狂な私の声がキッチンに響く。背中には冷蔵庫、目の前にはいつもと変わらない表情の兵助。しかしこの人今なんと仰いましたか。爆弾を放った唇が緩やかに弧を描く。

「リョウが好き」

「あ…あの…え?」

「だから離してやらない」

「それは、」

「ん、俺と会ったが運の尽き。これからもリョウの声聞きたい、それに」

言葉が切れて、影が落ちて。ふと気が付いた時には私の唇は塞がっていて。驚きのあまり目を見開いて固まる私の頭が真っ白になる。何が何だか頭の中が追いつく前に、僅かなリップ音と共に兵助が離れた。長い睫が至近距離で瞬いている。言葉を無くして佇む私に兵助は微笑んだ。

「これからは、こういうこともしたい」

ばくばくばくとおかしくなったんじゃないかというほど心臓が鳴り響き、ちゃんとした言葉が口から出てくれない。何ですかこの状況は。こういうことって?あれ、でも兵助私を好きだって…

「えええ…と、あの」

「顔真っ赤、可愛い」

「と、突然何を…」

「好きだよ」

「……あ、う…私も好き、です」

「リョウ、だから出て行かないで俺の傍にずっといて」

鼻と鼻が触れそうな程の至近距離で兵助が切なげに呟く。そんなの、答えは一つしかないじゃない。



Honey Hunt




「こ、これからもよろしく…?」

「ん、じゃあ続きしてもいい?」

「わぁー待て待て待て!」

「もう待った」

「………っ!!」



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