「実は、久々知が来る前から俺だって佐々木さんのこと気になってたんだ…!」

随分と必死な顔をしながら、名も知らぬ男子生徒が思いの丈を叫んでいる。360°どの角度から見たってこれは告白である。さすがに私だってそこまで鈍くない。鈍くはないが、私にとってはそれどころじゃなかった。

随分と必死な彼のその後ろ、真っ黒な羽を広げ綺麗な顔をこれでもかと無表情に凍てつかせた、烏天狗バージョン兵助君が立っているのだ。恐ろしすぎて私は最早告白を聞くどころではない。

彼のこの姿を見ることができる人物は、限られている。この学校では知る限り私しかいない。それは私がどうやら霊感というものの持ち主であると同時に、この静かな怒りを溢れさせている彼、久々知兵助の婚約者だからである。

とまぁ、そんなことはさておき。

「……………」

「…佐々木さん?」

「あ、う、うん?」

訝しげに首を傾げている彼に生返事を返しつつ、視線はバッチリ彼の後ろの兵助君と鉢合っている。射抜くような視線が痛い。静かな怒りは、やがて大気を少しずつ渦巻かせた。

「や…あのね、気持ちはありがたいんだけど…その、今すぐここから逃げ出した方がいいと思うよ?」

「え?」

「えーと、ごめんなさい」

何に対してのごめんなさいなのか、いまいち自分でも把握できないままに口から滑り落ちた言葉であった。とにかく彼がここにいてはまずい。早々にケリを着けなくてはいけない。それなのに、目の前の少年は精一杯の表情をますます強めながら、ガシリと私の両肩を掴むという行為に打って出た。

「どうしても諦められないんだ!!」

「ちょ、ちょっと…!落ち着いて…!」

「だって突然婚約者って言われたって諦められるわけないだろ!嘘かと思うだろ!」

「むしろそんな熱烈に思ってもらえるこの状況が私にとっては嘘みたいなんだけど…!離れて一刻も早く!」



「リョウに触るな」



突風が吹いた。思わず目を固く瞑る私の肩を誰かの腕が抱き寄せる。耳元で響く低い声。気が付けばぎゅうと痛いくらい抱き締められ、竜巻が砂埃を巻き上げながらその場を襲った。ふわりという浮遊感に思わずその竜巻の張本人に縋り付く。ぎゅうっと装束を握れば、腕が力強く私を抱えた。

「へ、兵助君…」

ここは一体どこの木の上だろうか。太い枝に下ろされ、あまりの高さに私は身動きを取れない。そして先程からじっとこちらを見つめている兵助君に恐る恐る声を掛けた。

「…リョウ、」

するりと兵助君の指先が頬に伸びる。例の如く兵助君はこんな高い木の上でも平然としている。かくいう私は身動きできない。兵助君の指先が頬に触れて、私はびくりと体を強張らせた。

「ねぇリョウ、やっぱり人間同士がいい?」

そう呟く彼の瞳は随分と悲しげに揺れている。

「俺みたいな妖怪が婚約者って、本当は嫌だ?逃げ出したい?それとも、……怖い?」

「兵助君…」

「リョウは俺が見えるけど人間だから、本当は人間同士の方が幸せだってのは分かる。でも、やっぱり無理なんだ」

自嘲するように儚げに笑う兵助君に胸がざわめく。ああちゃんと言葉にしなくちゃいけないのに。私の掌は硬い木の皮を掴んでいた。

「リョウに幸せであって欲しいけど、その隣にいるのは俺じゃなきゃ嫌だ」

拗ねたようにそう口にする兵助君に、木の皮を必死で掴んでいた掌を伸ばして勢いよく抱き付く。ぐらりと傾いだ体に一瞬本気で冷や汗が流れたけど、さすがは烏天狗と言うべきか、何事もなかったかのようにすっぽり私を受け止めてみせた。

「大丈夫かリョウ…」

「よ…良かったちゃんと受け止めてくれて落ちたら死ぬかと」

「絶対落とさないけど」

彼のことだ。私が落ちようものならその千里を駆け抜ける速さで以て助けてくれるだろうけど。それでも心臓がバクバクと早くなるものはなるのだから仕方ない。

「あのね兵助君」

兵助君の山伏のような着物の襟首を握りながら、ぽつりと呟く。僅かに身じろいで兵助君を見上げれば、きょとんとこちらを見下ろしていた。

「私、前にも言ったよ」

「え?」

「"兵助君は、怖くない"って」

私をいつも助けてくれるこの腕も、私をいつだって力強く支えるこの手のひらも、優しくて大切な兵助君の一部だ。妖怪だろうと人間だろうと関係ない。私は兵助君が好きなのだ。

「兵助君といる時の私って、そんなに幸せじゃなさそう?」

「……………」

「私は兵助君の隣にいる時、ちゃんと幸せだよ」

なんか恥ずかしいことを言ってる気がして、はにかむように笑って誤魔化せば、その笑い声ごと兵助君の胸に押し付けられる。わぶ!と変な声を上げながら、どうにか抜け出そうともがくが、チラリと目に入った真っ赤な顔の兵助君にこっちまで真っ赤になってしまった。

「ご、ごめん…私なんか今死ぬほど恥ずかしいこと言った気がする、やっぱり忘れて…」

「無理」

「…ですよねー」

即答で切り返され、ひいひいと必死で顔を伏せる。くすりと頭上で兵助君が笑った。

「ねぇリョウ、顔上げて」

「無理っ!私を見ないでください」

「いいから」

「もうちょっと待って」

「今上げてくんなきゃ口付けするよ」

「はい!?」

烏天狗様のまさかのお言葉に思わず顔を上げてしまうが、その瞬間をまるで狙っていたかのように唇に柔らかい感触が一瞬触れる。

「上げたのに!」

「リョウが真っ赤だからつい」

「だ…だから見るなって言ったのに…!もう早くここから降ろしてよ!昼休み終わっちゃう!」

「リョウ、妖怪の俺でも好き?」

にこりと満面の笑みを浮かべながら兵助君が私の顔を覗き込む。

「す、好きです…」

笑顔の兵助君何だか気圧され、しどろもどろなりに何とかそう返す。今更ながら自分の後ろ頭と腰に回った手に気付く。さっきよりも兵助君が異常に近い。あれ、何だかとても嫌な予感がする。「妖怪の俺は口付け一回じゃ全然満足しないよ」

「兵助君!?昼休み終わるって私言ったよ!?そしてここ木の上!」

不安定な私の体は、兵助君から離れられない。ということは逃げ場がないということだ。


「大好きリョウ、もっと頂戴」


我が家の烏天狗様は、とても嫉妬深いのです。とほほ…


風立ちぬ 番外編
*嫉妬深い兵助君のお話



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