「あの、」

「…リョウは」

「……え?」

ぎゅっと握られた手首に力が籠もる。少し痛い。唇をへの字に曲げながら、兵太夫はこちらを不機嫌そうな顔のまま見つめる。

「何でそんなに素っ気なくなっちゃったわけ?」

「……素っ気ない?」

「昔は"兵ちゃん兵ちゃん"って後ろくっついて来てた癖に、三年ぐらいから急に素っ気なくなって、僕より三ちゃんのとこばっかり行くし昔みたいに僕が何言っても全然表情変わらないし、何なのそれ。誰の影響?」

開いた口が閉まらないってこういう状況だ。本当は動かしたかった表情筋を全力で抑えて兵太夫の前で兵太夫好みの女の子になりきって、必死で大人っぽく演じて。そして返された結果は"素っ気ない"

ぶちんと何かが弾け飛んだ音がする。

「………いだと…」

「え?何か言った?」

「誰のせいだと思ってんのよこのすっとこどっこい!!」

頭に血が上って、溢れるままに口から今まで押さえつけていた本音が飛び出す。唖然とする兵太夫が目に入る。けれど止まらない。

「私は!兵太夫が大人っぽい子が好きだって言うから必死でなりきってたの!それを言うに事欠いて素っ気ない!?何なわけ私の努力返してよ!私の唐揚げ返して!」

「唐揚げって…ちょっと落ち着きなよ」

「落ち着けるかバカたれ!それなのに兵太夫はいつまでたっても不満そうだし、全然幼なじみって枠から抜けないし!もうこれ以上どこをどうすればいいわけ?!」

「……あのさぁ」

「私は…っ!?」

言い募ろうと開いた口に、兵太夫の掌が覆われる。もがく私を物ともせずに、兵太夫はゆっくり溜め息を吐いた。溜め息吐きたいのは正直私の方だ。

「…僕がいつ大人っぽい子が好きなんて言ったわけ」

兵太夫の口から告げられた言葉に絶句する。お前がそれを言うのか。覆われた掌を無理矢理引き剥がした。

「あんたが言ったんでしょうが!三年の頃、同学年のくのたまに!」

「………ああ、」

「ほら!私それ聞いて、」

「それ、嘘だから」

「…へ、」

衝撃の事実に勢いが削がれた。兵太夫は呆れ顔で私の真向かいに座ると、ようやく手を離した。

「その時に聞いてきた子の性格と正反対っぽそうなの適当に言っただけ。まさかリョウがそれ聞いてたとは思わなかったけど」

「え、だっ…だって」

「僕そんな理由で今までリョウに素っ気なくされてたんだ、あームカつく。そんなことならさっさと言っとくんだった」

「言っとくって、」

「僕の好みは昔からリョウだよ」

頭に上っていた血がゆっくり巡り始め、ようやく私に冷静な判断が帰ってきていた矢先だった。噛み締めるようにその言葉をの意味を理解して、そして顔が焼けるほど熱くなった。

「は…、えええええ!?」

「あーこの反応懐かしい、でも五月蝿いからちょっと静かにして」

「すみません」

「ん、よろしい」

「え、でも…だって」

「でももだってもないよ、昔から僕は後ろを必死で引っ付いてくるリョウは僕の物だと思ってたし、苛めると泣き出すとこも慰めると笑うとこも好きだったし、大人っぽいリョウなんてつまらないでしょ」

「つまらない…」

「それに、リョウも僕のこと好きだと思ってたんだけど、違うの?」

兵太夫が笑って、するりと私の赤くなった頬を冷たい指先が撫でる。小さい頃に兵太夫が私にしてくれた仕草と同じだ。必死で取り繕った私には、いつまでたっても見せてくれなかった笑顔が、指先が、今向けられる。三ちゃんは私のこの演技をいつも"無駄な努力"と言っていた。その意味がようやく理解できた気がする。

「う、わ…私も兵太夫が好きです」

「はい合格」

ようやく言った"私"の台詞は、ありのままの素直な私の本心だ。


この恋、演技派


「だから言ったでしょ、女の子は素直が一番だよって。あの後兵ちゃんに何話してたのか問い詰められて大変だったんだから。あーあ何か甘いものが食べたいなー」

「全力で奢らせて頂きます」




シンから水輪さんへ。
一万ヒットおめでとうございます。


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テーマ「人外ファンタジー」
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