「リョウって本当に落ち着いてるよね」

「………は?」

食堂にて湯気の立ち上る味噌汁を一口啜った直後だった。向かいに座る友人がまるで感心したかのような表情でこちらを見ている。唐突に何だと言うのだろう。

「何をいきなり…」

「だって、今日の献立見てよ。鳥の唐揚げなんて女子なら喜びの一言があって然るべきだってのに、リョウときたらまるで何でもないかのように食べ始めるんだもん。ゆゆしき事態よ」

友人の思考に若干呆れながら曖昧に笑う。どこかの席で下級生のくのたまの『見てみて〜!今日唐揚げよ〜!』という甲高い声が上がった。友人の目がほれ見たことかと眇められている。そんな事言われたって私だって、私だって…



「ホントは素直に喜びたかったに決まってるでしょー!!」

「はいはい」

バンバンと握り拳で畳を叩きながら訴える。三ちゃんもとい夢前三次郎は慣れきっているのか手にした書物から顔も上げない。ニコニコしてるが相変わらず薄情である。じとっとした視線を向ければ、やがて観念したのか面倒臭そうに肩を竦めて本を閉じた。

「リョウ、まだ兵ちゃんの言ってたこと気にしてそんな無駄な努力してるの?」

「…だって、」

笹山兵太夫は私の幼なじみだ。家が近所ってだけで武家の子である兵太夫と私が幼なじみってのもおかしいけど。そんな兵太夫のことを、私はずっとずっと昔から好きだった。横暴でワガママで自分勝手で、それでも追い掛け続けてきた。

"笹山君は大人っぽい子が好きなんだって"

誰かが言っていた言葉だった。上級生になるにつれて、兵太夫は女子からモテるようになった。そりゃあんだけ綺麗な顔してれば多少性格に難ありだろうとモテるだろう。そんな私も兵太夫を好きな一人。その言葉を頭に焼き付けて、そして作り上げたのが友人に落ち着いていると評された"私自身"である。

「本当は唐揚げ大好物の癖に」

「そーよ!唐揚げ本当は大好きよ何か問題でもある!?」

「そうやって素にしてればいいのに」

「だから三ちゃんさっきから言ってるでしょ、兵太夫が好きなのは」


「僕がなに?」


熱弁を振るおうとしたその時だった。障子の開く音と聞き覚えのある声が背後から掛けられた。一瞬頭が真っ白になる。手を振ってる三ちゃんのその視線の先を振り返る、そこには我が幼なじみ、件の笹山兵太夫がいた。

「…あ、ああ兵太夫、お邪魔してます」

すぐさま切り替える。必死で作り上げた兵太夫好みの"大人っぽい"私に。それが兵太夫の目に映ることを信じて。

例えば、そんな私を見た兵太夫がいつだって何だか不機嫌そうな表情をしていても、だ。

「…部屋の中で二人でなにやってたわけ」

「何も。ねぇ三ちゃん」

「これはホントだよ兵ちゃん、リョウの相談聞いてただけ」

「……相談?」

「ばっ…!……た、大したことじゃないからいいの気にしないで」

にこりと笑ってさらりとぶちかましやがった三ちゃんに一瞬本気の殺意が湧くが、何でもないことのように受け流す。

「あ、僕そろそろ委員会行かなきゃいけない」

「じゃあ私も…」

三ちゃんの言葉に便乗する。これ以上ここにいたら何だかボロを出しそうな気がする。化けの皮が剥がれる前に退散しなくては。そう腰を上げた私の腕が、何かに捕まった。

「待った、リョウは駄目」

「はい!?」

兵太夫が怖い顔で私の腕を掴んでいた。

「じゃ、僕はこれで〜」

そそくさと部屋から出て行く三ちゃんへ救難信号を送るが、矢羽音で"女の子は素直が一番だよ"とどうでもいい助言が投げられる。無情にも障子は締まり、後には重苦しい雰囲気の私達2人が残された。沈黙が部屋に満ちている。





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