制服上、問題なし。

制服下、問題なし。

「…どこからどう見ても完璧に学生だね…」

感嘆の溜息と共にそう呟きながら、目の前でぱちくりと瞳を瞬かせている兵助君を見回す。今、私の目の前に立っている兵助君の姿。長くて癖のある黒髪は、街中に紛れ込んでも目立たないようなどこにでもいる一般男子学生程度の長さに。そしていつも身に纏っている山伏風の衣装は、我が校の制服に。もちろん背中から烏の羽根が生えているなんてオプションはない。どこからどう見ても、そこらへんにいる一般的な学生だ。

(まぁ…恐ろしいくらい顔が整っているってことを除けばの話だけど…)

白い肌に、黒曜石のように綺麗な瞳。そしてその瞳を縁取る長い睫毛。そんじょそこらの芸能人よりもよっぽど綺麗な顔をした兵助君に、恐らく擦れ違う人の9割は振り返ることだろう。そんな兵助君の隣を歩く私…朝から考えるだけで頭が痛くなってきた。

「…?どうかしたのか千鶴」

「なんでもないなんでもない…と、とりあえず!」

キョトンとした兵助君に再度向き直り、ずいっと距離を詰める。朝の住宅地だがこの時間帯人通りは少ない。それでもなんだか聞かれてはいけないような気がして、なるべく小さな声で兵助君にだけ届くように囁いた。

「はい、私との約束忘れてないよね?」

「約束?」

「もう!家出る前に約束したでしょ!」

「…ああ、あれか」

「その通り!はい、復唱ね!その1!」

私の掛け声に何とも言えない表情を浮かべながら、兵助君が視線を揺らす。

「『その1 学校では婚約者とは言わないこと』」

「はい、じゃあその2!」

「…『その2 烏天狗姿には学校ではならないこと』」

「うんうん、はいじゃあその3!」

「……『その3 むやみやたらに千鶴に触らないこと』」

「…兵助君なにその不服そうな顔は」

むうと口をへの字に曲げて声も徐々に低く歯切れ悪くなる兵助君に、思わず私もじと目で見返した。特に一番最後の制約を言う時の渋々というか嫌々というような声音は明らかに不服そうである。しかしこればっかりはしっかりしておかねば、昨夜のように不意打ちを狙われてキスされたんじゃたまらない。しかも場所は学校だ。公共の場であるし、家なんかよりもよっぽど他人の目がある。百歩譲って恋人同士だとは公言しても、婚約者って高校生の分際の不自然極まりない。

「昨日兵助君が教室で公開プロポーズしてくれちゃったんで多分私と兵助君の関係は知れ渡ってると思うんだよね…ただ、一応兵助君私の家に親戚として居候することになってるし、あんまり婚約者として既に同棲って世間体的に良くないと思うから遠ーーーーい親戚で恋人なんですーってことにしておけば一番無難だと思う。まぁ…あんまり結果的には変わんないけど…」

「人間は面倒くさいな」

「まぁね、でもそういう面倒くさいこと気にしとかないと後々面倒なことになるからね。教師とか五月蝿いんだから」

「そうなのか」

「そ、だから必然的にあんまり学校の中でベタベタしないこと!いつどこで誰の目に入るか気が気じゃないよ…」

「それが疑問だ、なんで千鶴に触っちゃいけないんだ」

「…触る気満々ですか兵助君…よかった…釘刺しといて」

異議あり!とでも言いたげな兵助君に思わずホッと胸を撫で下ろす。兵助君のことだから他人の目など物ともしないのだろう。しかし私は気にする。すごく気にする。これでも昨日まではどこにでもいるような一般的女子高生として過ごしてきたのだ。それが何の因果か翌日には超美形の兵助君と恋人同士。どんなシンデレラストーリーだと絶対ネタにされること請け合いである。しかも昨日のあの公開プロポーズのこともある。本当は物凄く学校へ行くまでの足取りが重いのだけどもそう言ってても仕方ない。決めたのは自分だし、この結果も決して不満なわけではない。けど、私、平凡が好きなんです。

「とにかく!き…昨日みたいに突然…キキキキキキスとかしてこないように!分かった!?」

「ききききす?キツツキか?」

「〜〜〜〜〜っ!!く、口付け!接吻!!分かった!?」

「ああ、…何で?」

「何でって…何でって兵助君…ああもう…」

思わず地面に打ちひしがれる。感覚が違いすぎてなんかもう色々と諦めてしまいそうになる。何でときやがりますかこの野郎。妖怪って、もしかしてみんなこうなんだろうか。何だか先行きの不安を噛み締めながら、何と言えば良いか思案する。何でと言われれば、そんなの決まってる。世間体とか他人の目とか、気にするべきことは色々とあるけども。それより何より。

「…………、から」

「ん?」

「は…恥ずかしいから!!」

顔面真っ赤なのを自覚しながら、言い捨てる形でそう叫ぶ。何だか朝からどっと疲れてしまった。この後恐らく学校へ行ったら行ったで色んな人の視線に刺され、教室では質問攻めに遭い、昨日の公開プロポーズの誤解を全力で解く私の姿が想像できる。今から真っ白に燃え尽きてしまいそうだった。ああでも、頑張ろう…。それでいいじゃないか、私の全力を見せて見せるよ。だからお願い兵助君はじっとしててください頼むから。

「照れてる千鶴も可愛いな」

「朝からよくそんな砂糖山盛りなセリフ吐けるね兵助君さすがだよ…」

にこにこと嬉しそうな兵助君が、歩き始めた私の隣に並ぶ。新緑が朝露を帯びてきらきらと風に揺れる。日差しが柔らかく照らす道路に、私と兵助君の影が連なった。何だか不思議な気分だ。昨日まで兵助君のこと忘れてたくせに、今はこうやって隣で何の違和感もなく歩いてる。まるでずっとずっと昔からこうやって知り合いだったんじゃないのかと思えるほどに穏やかで、私達の間に流れる空気は優しい。チラリと横目で兵助君を盗み見れば、キョロキョロと忙しなく辺りを見回している。町の風景が珍しいのかもしれない。昨日まで山で暮らしてたんだから当たり前か。そのミスマッチ具合がおかしくて、思わずくすりと忍び笑いを零した。

「千鶴?」

「え、や…あの!別に見てないよ!盗み見とかじゃなくて、うん!」

「…?なぁ、人間の『恋人』はこうやって二人でいたら何をすればいいんだ?」

「…は、?」

突然の質問に思わず気の抜けた声で返してしまう。人間の恋人が二人でいたらすること…こうやって歩いてる時に…。そんなもの未だかつて恋人もいたことない私に聞かないでほしい。一般的にこうして二人でいた時にすることって、何パターンかあるけど。

「…妖怪的にはどうなの?」

「俺は、元の姿の時ならひとっ飛びで千鶴を山まで連れ帰る」

「ああうん…とても妖怪的ですね…」

つまり私はいつでも神隠し的嫁入りスタンバイができているということだ。なんというスレスレ人生。私のわがまま一つで今こうして学生やってるんだから当たり前なんだけども。思わず引きつった笑みを返しながら、人間的な登校風景について考える。よく思い出してみろ。奥歯をギリギリさせながら見た友人達のあの登校風景を。幸せそうに笑う友人とその彼氏の姿を。そしてそんなことを真剣に考えなきゃいけない自分自身の空しさは決して思い出すな。

「そうだなぁ…、やっぱりここは…」

「口付けでいいのか」

「なんでそうなるの、そうじゃなくて!」

はいっと、兵助君に掌を差し出す。差し出した掌と私の顔を交互に見ながら、兵助君は首を傾げた。まさか分からないなんて言わせない。

「手、手繋ぐの。付き合ってるなら基本だよ」

偉そうにそんなこと言って見せるが、私だってそんな基本は毛頭知らない。けど、友達彼氏彼女はこうやって毎朝イチャイチャ手繋いで登下校してたし何かもう腕とか組んでた暁にはカップル爆発しろとか思ってたけど、口付けとかされちゃたまんないからとりあえずはこれが上策だろう。

「そうか…、手を繋ぐのか…」

「もう…繋ぐなら繋ぐ!繋がないなら行っちゃうからね!」

痺れを切らしてそう喚く私自身に、内心恋人というより親子のような風景が頭を過ぎるが全力無視だ。レベルは親子並みでも、私にとっては全力の譲歩だ。顔が真っ赤なのも自覚済みである。それにしても手を繋いで仲良く登校なんて、私もついにバカップルの仲間入りか…そう考えると急に背筋を寒いものが駆け抜けたような気がしてしまい、差し出した掌が思わず引ける。しかしそれよりも早く冷たい指先が私の指先を捉えて、ぎゅっと握り締めた。

「繋ぐ」

「あ、そうですか…はい」

「俺、」

「ん?」

繋がった掌を見下ろしながら、徐に兵助君が言葉を発する。冷たい熱が柔く私の指先を包み、骨ばった兵助君の指が私の指と絡まった。その感触に何故か何も言うことができずあんぐりと口開いたまま兵助君を見上げる。風に揺れる兵助君の黒髪が目に焼きついて、ふわりとその風のように微笑んだ表情に息が止まった。

「…千鶴と手繋ぐの、好き」

逆光で眩しいってこういうことなのだろうか。いやしかし太陽は私の後ろで燦々と輝いている。なんだというんだこのキラースマイルは。朝から殺す気だろうか。ぱくぱくと二の句を告げなくなった私を物ともせず、兵助君は上機嫌で私の手を引いて歩き始める。本当何なの、もうあんなに綺麗に笑う男の人を私は初めて見た。そんなに全面に幸せだと表されたら文句も恥ずかしいという感情も全部吹っ飛んでしまう。ぎゅうと掌を握り返した。

「毎朝千鶴と手繋いで学校行けるんだな、なら俺は学校も好きだ」

「…学校はそういう場所じゃありません」

先行きの不安はありますが、私の烏天狗様はご機嫌です。



アンダンテ




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