そこへ、突風が巻き起こったと思えば、突然現れた兵助君の姿に尾浜さん達はびくりと肩を竦める。四人へむっとした視線を向けながら近づいてきた兵助君を見上げ、私は何も言葉を発せずにいた。怒られる?それとも怖いことされる?兵助君だから私は彼を信じてるけど、それでも彼との約束を違えた私は彼が怖い。どうしよう、と彼から視線を外して地面を彷徨わせた。

「…千鶴」

「…兵助君…ごめんなさ、私…その…」

ぎゅうっと震えてしまう掌を握り締めて、堅く目を瞑る。許してくれなかったらどうしよう、やっぱりこのまま私は森から出られないんだろうか。意を決して発した声は、思ってた以上に弱弱しくて、震えていた。

「兵助君、小さい頃助けてくれて本当に嬉しかった。私は兵助君のことやっぱり好きだし、私のこと迎えに来てくれたのも嬉しいけど、や…やっぱり私…」

掌をぐっと握りしめた。

「まだ人間の世が捨てられなくて…っ、だ、だから…今すぐに結婚は、できません…!!」

言った!言い切った!自分で自分を叱咤激励しながら、恐らく私をじっと見下ろしているだろう兵助君が怖くて顔を上げられないし、目も開けれない。あの時みたいに、無表情で冷えた視線を向けられたら、私は絶対に怯えて泣いてしまう。兵助君の辛そうな顔見るのも嫌だし、そんなことばかり考えてる私は本当に臆病で我侭だ。そんなぶるぶると震える私の頭上で、なにやらフッと小さく笑った声がしたかと思えば、

ふわり、兵助君の掌が私の頭を撫でた。思わず私は顔を上げた。

「そうだよな、そんな震えるくらいまで怯えさせてごめんな、もう怖い思いさせないって言ったのに」

「…………」

「いいよ、千鶴の気が済むまで人の世を過ごせば」

「え…、い…いいの?」

「おい、いいのか兵助?」

「だって千鶴が今すぐ結婚はできないって言ってるし」

三郎さんにそう返して、へたり込んだ私の腕を掴むとふわりと立ち上がらせた。突然のことに反応の遅れた私は、一拍遅れてうわぁ!とマヌケな声を上げる。そしてぎゅっと兵助君は私を抱きしめる、髪に頬を擦り付けてまるで大切だとでも言わんばかりに。私の顔が熱くなっていくのがわかった。尾浜さん達の視線が、「見せ付けてくれるね」とでも言いたいかのように生ぬるい。

「それに、俺もせっかくしばらく人の世でも楽しもうかと学生に化けたんだし」

「へ?」

「学生でも何でも気の済むまでやっていいよ。俺は妖怪、寿命は馬鹿みたいに長いんだし」

「あ、あの…?」

「16歳になったら千鶴は俺のものってことに変わりはないよ、それは約束」

「う、うん…」

それは約束、私がこれからも人の世で生きていくための、幼い私と兵助君との約束。それがなければ、私は今ここにいるはずがないんだから。

「千鶴」

「ん?」

少し体を離して、兵助君が私を見つめる。その視線に応えるように、私も兵助君を見上げて首を傾げた。小さく瞬いたその一瞬、パッと目の前に白い花が現れる。花の向こうには、綺麗に微笑む兵助君。

「…俺は、千鶴をもう離さないし、ずっと傍にいる」

「…うん、」

「でも、千鶴に泣きながら嫁入りさせたくないし、やっぱり笑って俺と一緒になって欲しい」

「…………」

「だから、」

この白い花は、私が幼い頃兵助君にこの山で教えてもらったものと同じ。優しい記憶の中で今も揺れている。


「いつかでいいよ、俺の花嫁になってください」


兵助君は、私が彼との結婚を決心できるまで、待ってくれるのだという。いつかでいい、そう言って優しく花を差し出す彼に私の心臓は高鳴った。薄ぼんやりと、三郎さんの狐火が辺りを照らして何だかこの世じゃないみたいだ。私がまた眼を開くことができたのも、兵助君のおかげ。そして、私を怖いものから守ってくれると、そう言ったのも兵助君で。

ああ、多分、私は初めて出会ったあの頃から兵助君が大好きだったんだろうな。コンヤクの意味も知らなかった、幼くて愚かで、泣き虫な私だったけれど、今なら、私はあなたと『婚約』したいと思えるから。

「わ、私でよければ…」

私の返事に、兵助君はまるで蕩けるように微笑む。それはそれは綺麗な笑顔に、直視した私は思わず真っ赤になってしまった。私たちの様子を静かに見守っていた尾浜さん達から「おお!」という声が聞こえる。

ああ、それにしても私…16歳で婚約者、って…何だか物凄い決断をしたような…。途端じわじわと熱が込み上げ、兵助君の顔から視線を外して彷徨わせる。うう、恥ずかしい、うわああと叫びだしたい私の内心を読み取ったのか、尾浜さんがくすりと笑う。ま、また勝手に読んだな!もう!と怒って尾浜さんを睨めば急 に腕を引かれて兵助君の胸に倒れこんだ。

「千鶴、ずっと一緒だ。もう忘れるなよ、今度はずっと一緒にいるからな」

「うぐぐ、苦しいよ…っ」

またしても、ぎゅーっと抱きしめられ、私は兵助君の胸板に押し付けられる形になって息がし辛い。苦しい!と訴えるものの聞こえてるのか聞こえてないのか兵助君の腕は緩まない。その間に、わらわらと尾浜さん達が寄ってきて「良かったな〜」と声を掛けながら嬉しそうに兵助君の背中を叩いていた。


 


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -