兵助君がその場を去り、私はすっかり陽の落ちた暗い森に一人取り残される。心細くて、悲しくて、寂しくて、あとからあとから涙が止まらない。ぎゅうっと自分で自分を抱きしめるようにして腕に力を入れる。私は、

「『人間を捨てて、こちら側の仲間入りはできない』…そう思ってるんだ?」

「!!!?っきゃああ!」

耳元で囁いた声に、叫び声を上げながら飛び上がる。びっくりしたなんて可愛らしいものじゃなくて、寿命が縮んだ。ばくばくと暴れる心臓を押さえながら、声を掛けられた後ろを振り返る。さぁーっと顔の血の気が引くのが分かった。そこには数人の男が、口元に笑みを浮かべながら立っていたからだ。

「あれ?そんなにびっくりさせちゃった?『寿命が縮んだ』なんて兵助にバレたら怒られちゃうな〜」

「それにしてもこんな暗い森の中に女の子一人置き去りにするなんて…、何考えてんの兵助ってば」

「よし、私が狐火でも出してやろう」

「おー、この子が兵助の言ってた子か!」

「だ、だだだ誰…!?な、なんで…っ!」

「『なんで私の思ってることが分かるの?』…って?」

今まさに口にしようとした言葉を、目の前で笑う男の口から発せられる。驚愕に目を見開く私にますます笑みを深くしながら、兵助君と同じように長い黒髪を男は風に揺らした。やがて、ぼんやりと火の玉のようなものが辺りに浮かび上がり、私の目の前にいる男たちの顔を照らし出す。

私の言葉を言い当てた黒髪の男、茶色い髪の穏やかそうな顔をした男、穏やかそうな人と同じ顔をしているのに、どこか薄ら笑うような笑みを浮かべ、狐の耳と尾を生やした男、灰色の髪に鋭い爪と牙を口から覗かせ、意思を持っているかのようにうねる蛇の尾を持つ男、それは、異形だった。ただの人にも見える黒髪と茶色の髪の 者達ですら、どこかそうでない雰囲気を醸し出している。するり、私の頬を薄色の尾が撫でる。狐耳を生やした男が、ぐっと顔を近づけた。

「お前、このままだと一生山からは出られないぞ」

「…っ!」

「三郎、威かしてどうするの」

「なに、本当のことだろう雷蔵?」

三郎、と呼ばれた狐耳の男は、雷蔵と呼ばれた顔のそっくりな男へへらりと笑いながら首を傾ぐ。山から出られない、という言葉にへたりと私はその場へへたり込んだ。

「千鶴は、幼い頃に兵助に助けられたんだろう?」

「…なんで名前、」

「俺は尾浜勘右衛門、覚(サトリ)っていう妖怪だよ。だから千鶴の心の中は何でも分かるんだ」

にっこり、と満面の笑みを浮かべるが、それに返す気力も最早ない。森から出られないという絶望感だけが、私の頭を満たして、もう立ち上がる気力すらない。それを察したのか、尾浜さん達も私の周りへ腰を下ろすと顔を覗き込んだ。

「兵助、千鶴と出逢った時から、本当に今日のこの日を楽しみに過ごしてきたんだ」

「…え、?」

「毎年毎年この日になると、あと何年あと何年…いい加減俺らも千鶴の誕生日覚えちまったっつーの!」

「千鶴、小さい頃に夏になるとこの森の入り口からこっち見てたでしょう?」

「な、なんで知って…」

狼狽えた私を雷蔵さんがくすりと笑った。確かにまだ私が幽霊だとか妖怪だとかを見ることが出来た頃、もしかしたらもう一度兵助君に会えるんじゃないかと思って、山の入り口手前までよく覗きに来てたのだ。約束だったから、足は決して踏み入れなかったけれど。毎年夏になっておばあちゃんの家に来るたびに、兵助君を思い出 していた。私が、兵助君を忘れてしまうまで私はずっと兵助君が大好きだったのだ。

「あの時ね、兵助も千鶴に見つからないようにいっつも木の上から千鶴が入り口まで来るの見ててね」

「…………」

「だから、千鶴を迎えに行けるってなった時に、兵助本当に喜んだんだ」

「何年も何年も待ち続けて、やっと迎えに行ったんだけどな…」

雷蔵さん達の言葉に胸が切なくなる。私にとっては何てこと無かった『コンヤク』という言葉は、兵助君にとってはたった一つの『約束』で。私は、彼が初めて出会ったあのときから大切にしていたものを、簡単に踏み躙ろうとしているのだ。ズキリと痛んだのは、罪悪感からか。

「…私だって、忘れちゃってたけど…兵助君のことはやっぱり好きだよ…」

けれど、

「でも、そんな急に今までの生活を捨てるだなんて…そんなのできないよ」

罪悪感に苛まれて、目の奥が熱くなったかと思えばポロポロと涙が零れ落ちた。私、この森に来てから泣きすぎな気がする。でも止まらないのだ、怖いのもあるし、心細かったのもある。けれど、私に対しての兵助君の気持ちだとか、私の兵助君に対しての気持ちだとか、そういうのが全部混ざって、ぐるぐると頭の中を巡って、ついに私の目から零れ落ちてしまったのだ。心なしか、尾浜さん達が慌てたように顔を見合わせた。あわあわと灰色の髪の人が乱雑に私の顔に自分の袖を押し付けゴシゴシと顔を拭かれる。正直痛い、でもあまりに慌てながら私の涙を一生懸命拭うものだから口出しできなかった。

「悪かったって!責めてるわけじゃないんだ別に!」

「うーん…やっぱり兵助を呼ぶべきか、それとも呼ばざるべきか…」

「雷蔵、悩んでるバヤイか!」

「…お前ら、なに人の花嫁泣かせてんだよ」

「!!兵助っ…!?」

「…兵助、くん」




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