「え?大嫌いって言われた?佐々木に?」

のどかな午後の昼下がり、人も疎らな屋上に俺の素っ頓狂な声が響いた。口にしてからおっとと慌てて口を押さえるが、誰も聞いちゃいない。目の前の兵助は俺の言葉にますます傷口が広がったらしく、真っ青な顔色で無表情なまま、ぼたぼたと大きな瞳から涙をこぼし始めた。怖い…いい年した男がなんという泣き方だろう。数日前のできごとらしいが、それ以来佐々木に避けられるは近付こうものなら威嚇するかのように眦を吊り上げられるものだから、今日までほとんど会話はしていないらしい。相当参っていた。

「ちょっと兵助ー?話が見えないんだけど?」

「…リョウに、『一体私を誰と重ねて見てるの』って尋ねられて、」

「うん」

「予想外の言葉に思わず、無言で固まっちゃって…」

「…………あぁ」

そういうことか。女の子というのは鋭い生き物だ。きっと佐々木もそうだったのだろう。兵助は決して佐々木に誰かを重ねているわけではない。リョウという存在そのものが好きなのだから、赤の他人というわけでもあるまい。前世の兵助にとって最愛だった『リョウ』。魂は同じなのだ。覚えているか覚えていないか、というだけで。俺や兵助、かつてろ組だったあの三人には前世の記憶が残ってる。それも相当色濃く。俺たちが忍者のタマゴとして忍術学園で学んでいたこともそれぞれ城に就職したことも、何もかも覚えている。だから、俺は佐々木を知っている。姿形や雰囲気、話し方や仕草が変わろうと、その魂だけは変わらない。一目みてえすぐに分かった。

「佐々木は、全く前世の記憶はないんだね」

「うん……」

複雑そうな顔で黙り込んだ兵助に、俺も肩を竦める。思い出して欲しい、けれど思い出してほしくないこともある。だから複雑なのだろう。それこそ彼女の最期は今思い出すだけでも胸を締め付けられるような感覚に陥る。同盟を結んでいた俺の城と兵助の城。奇襲の知らせに俺らも急いで駆けつけたけど、目の前に広がるのはもう手の付けようが無いほどに炎に包まれた城の姿だった。とんぼ返りした兵助達が見たのは、城の焼け跡と鈍色の空。佐々木の姿はどこにもなかった。膝からガクリと崩れた兵助の後ろ姿が今も脳裏に焼き付いて離れない。あんな思いはもうたくさんだ。

「今のリョウも、俺は本当に好きなんだ」

ぽつり、呟くような兵助の言葉に過去へ飛びかけていた意識をそちらに向ける。あのド天然無関心兵助の口からそんなストレートな言葉が聞けるだなんて夢にも思わなかったよ俺。まぁ、佐々木は無条件に向けられる兵助の思いに違和感を感じたんだろう。兵助は前世という続きがあるから、その気持ちをただずっと受け継ぎ続けているんだ。けれど、佐々木には前世の記憶は恐らく全くない。これはちょっと厄介で、一から兵助と関係を築き上げていかなきゃならない。そんなすぐに気持ちが育つわけもない。第一兵助の猛烈なアタックに辟易している彼女の気持ちはややマイナスよりだ。全く報われてない上に、やる事成す事裏目に出ちゃって、兵助ちょー不憫。天然もここまでくるとどうなんだろうね。押せばいいってものでもないのはよく分かってるんだけどね。

「兵助が佐々木のこと大好きなのは分かってるけどさ、佐々木からしたら大して知りもしない初対面の男に熱烈アタックされて『ちょっとこの人本当に私のこと好きなの?からかってるんじゃないの!?』って疑心暗鬼になってるんだよ。最近世の中物騒だからね」

「本当に…からかってなんかないのに、」

「兵助はそうじゃなくても、あっちからしたらそう思っちゃうの。第一佐々木にとったら前世での自分なんて全くの他人もいいとこだよ」

「………………」

「兵助、『前世の佐々木』の何処が好きだったの?」

「全部、気が強くて誇りを持ってくのいちしてるとこだとか照れると可愛いとこだとか、笑っても可愛かった。あと「あーもういい分かったお腹いっぱい」

放っとけばまだまだ続けそうな兵助を制して、はぁぁと額を押さえて溜め息を吐く。分かってた、分かってたさ兵助はこうだって。忍たま時代からずーっと佐々木が好きで、他の忍たまが手を出そうものなら徹底的に排除して邪魔して嫉妬していた。一緒の城に就職が決まった時なんか目をキラキラさせて大喜びしていたし。きょとんとした兵助を見返して、俺はじゃあ…と口を開いた。

「『今の佐々木』は、何処が好き?大分性格も雰囲気も違うけど」

「今の、リョウ」

ふむ、と考え込んだ兵助にやれやれと青空を見上げる。あーいい天気。何でこんないい天気にこんなことになってんだろ。こうやって考え込んじゃってる時点で駄目だって気づかなきゃ兵助。厳しいこと言うようだけど、前世の記憶のない彼女を振り向かせたいならそれじゃ駄目なんだよ、兵助。

「兵助、今の佐々木をちゃんと見てあげなきゃ」

「……………」

「そりゃ雰囲気も喋り方も仕草も全然違うよ?だけど今の佐々木の魂が好きなんですーって言われたってドン引きされるに決まってるでしょ」

「確かに」

「もう一度、頭の中リセットして佐々木に向き合ってみたら?」

俺に言えることはそれだけだ。あとは自分でどうにかする問題。魂とかそんなの云々の話じゃないんだ。これは現代の恋愛。俺達の駆け抜けた戦国乱世とはまた違うのだから。



でもね、兵助


それでも俺は、2人にどうかもう一度手を取り合って欲しいと願っているよ。佐々木を失った兵助が、どれだけ自分を責めたのかも、絶望したのかも、俺は知っているんだから。普段から感情をあまり面に出さない兵助が、跡形もなくなった城壁を見つめながら泣き叫んだ時のこと、

俺は覚えているよ。



ある男の見解論




「勘ちゃん、」

「うん?」

俺の言葉に、ぼんやりと空を見上げていた兵助が小さく呟く。

「俺はきっと、今のリョウが例えどんなに以前と違おうと、好きだって言える自信があるよ」

「ふぅん?」

微かに笑みを浮かべた兵助に、俺も小さく笑みを返しながら首を傾げる。ああ、兵助のこの表情知ってる。絶体絶命の場面で、どこから沸いてくるのか分からない自信からくる不敵な笑みってやつだ。あーあー、佐々木ご愁傷様。

「リョウにはこう言ったら怒られたけど、本当にリョウの全てが好きなんだ」

これはもう仕方ないと言ったように微笑んだ兵助に、思わず俺もへらりと笑って返す。ああもう、羨ましいぐらい真っ直ぐで正直で、だからこそ俺達は2人の傍へこうして生まれ変わってきたんだろう。前世の記憶と共に。

「伝わるといいねぇ」

「伝えるよ、何度でも」

神様、本当にいるんなら聞いてよ。こうして俺らをまた巡り合わせてくれたことに意味があるのだとしたら、叶えてはくれないだろうか。

どうか、君に届きますように。


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