久々知兵助

入学当日に初対面であるはずの私に向かって突然告白をぶちかますという、意味不明なうえに若干しつこくてうざいクラスメイトの一人である。顔は本当にそこらの芸能人顔負けの超イケメンのくせして(ホントに顔だけはいいの、顔だけは)やることなすこと突拍子も無さ過ぎて本当についていけない。もちろん断じて恋仲などではない。

それなのに…

「え、リョウって久々知君と付き合ってるんじゃないの?」

やだ私てっきり〜!なんてきゃいきゃいとした声が私の耳を右から左へ通り抜けていく。おい待てよコラ。いつの間にそんな妙な噂が出来上がってんだ。付き合ってないでしょどこをどう見たって!全力で彼氏から逃げ回る彼女なんて見たことないんですけど!その時点で何かおかしいって気付かないかな!何か違うって思わないのかな!

「いや……あの、ホント誤解だから…」

「そうだったんだー、じゃあなに完璧久々知君の片思い〜?リョウもやるぅ〜」

「私何もしてないはずなんだけどね」

そうなのだ。私本当に彼に好かれる要素なんて何にも持ってない。同じクラスの男子の間で話題の女の子とか、隣のクラスの絶賛美少女のような魅力があるわけでもなく、本当にそこら辺に転がってる石ころ並みの容姿に特に特徴があるわけでもない個性。一体何をどうすれば私みたいな雑草をあの久々知が好きになるのか皆目見当が付かない。そもそも入学式で出会った直後に告白ということからしてまずおかしい。一目惚れ?あるわけないだろそんな少女漫画的展開がこんな石ころ相手に。ますますもって分からなくなってきた、久々知が。あっちはどうやら私のことを知ってるような、そんなことを言っていたけど、私の記憶の中に久々知兵助なんて男がいた記憶もないし、どこかで会った覚えもない。だから分からないのだ、彼が。私のこと好きになる要素が、本当にどこにもないから。ただ、からかわれてるんじゃないのかって。顔が良い奴は信用ならないって言うでしょ?

「でもさ、久々知君ホントリョウのこと好きだよね、口を開けばリョウ、リョウって!」

「勘弁してよ…私平和で高校生らしい青春送りたかったのに…こんなことになるとは…」

「え〜いいじゃん久々知君だよ!?かなりファン多いんだよ!?」

「ぜひそのファンの1人とくっつけばいいと思います」

身を乗り出してきた友人を軽くあしらい、飲みかけのパックジュースのストローをくわえる。

「それがねぇ、久々知君に告白した女子み〜んな、『悪いけど俺はリョウしか見てないから』って断られるらしいよ」

「っぶは!!!」

「ちょ…大丈夫!?」

思い切りジュース噴いた。目をギョッと丸くさせている友人の顔を(多分若干瞳孔開き気味に)見つめる。ちょっと待て今なんつった。

「いいいいい今、……なんて?」

「な、何が…?」

「久々知!あいつ自分に告白してきた女の子に、何て返してるって!?」

「は……だ、だから『悪いけど俺はリョウしか見てないから』って…」

戸惑いながらも再度同じように繰り返してくれた友人の言葉に、私の額に青筋が浮く。ワナワナ震えるこの拳を一体どこへ向けたらいいのだろうか。そうかあいつか。元凶にでも思い切りお見舞いしてやればいいのかそうかそうかうふふふふ

「……っぁああんのやろぉぉおぉおおおぉぉおお!!!」

ガタンと立ち上がった私に、目の前の友人はひぃ!っと短い悲鳴を上げて縮こまった。そんな彼女を後目に、私は彼が活動しているだろう弓道場へ向かって猛スピードで駆けていく。途中すれ違う同級生達は皆一様にギョッとした表情を浮かべた後、廊下の脇に避けていく。私相当すごい表情してたかもしれない。けれどそれすら今は後回しだった。



スタートダッシュは突然に




いた。あろうことか弓道場の道場裏。袴姿の久々知ともじもじとピンクのオーラを全面に醸し出した女子生徒が1人。これは言われなくてもあれだろう。告白の現場だろう。イノシシの如く猛進していた私も、さすがに空気を読んで急ブレーキをかける。今こんな現場に思い切り久々知をぶん殴る私が突っ込んで行ったらそれこそ台無しだ。握っていた拳を緩め、建物の影からこっそり見守る。可愛い女の子だ。耳まで真っ赤にしちゃって、恥ずかしがってる。何を迷う必要がある久々知兵助!私なんかよりその子の方がずーっとあんたにお似合いだって!首を縦に振れ!そうすれば私の青春も平和も、全部上手くいくんだ。あんたみたいなイケメンに私は不釣り合いだよ。さあさあ、さぁ!!

「気持ちはありがたいけど、俺はもうリョウしか目に入らない。だから付き合えない」

馬鹿だ、本当に心の底から馬鹿な男がいる。
緩めた拳を再度握り締めた。

「久々知ぃぃぃ!!あんた何勝手なこと言ってんのぉぉぉ!?」

「あ、リョウ」

「あ、リョウじゃない!お前の目は節穴か!私に視線ロックオンする前にあんたの目の前にはもっと相応しいこぉーんな可愛い女の子がいるでしょ!!?何断ってんのあんたそれでも男!?」

「そんなこと言っても、事実だから仕方ない」

「どこが仕方ないんだよ!他の子にもそうやって断ってるらしいじゃない…あんた本当に私怒らせて楽しい!?ああ!?」

「怒った顔も好きだけど、できればもっと笑って欲しい」

「きっもちわるいこと言うな!!」

真顔で言ってのけた久々知にこっちが真っ赤になってしまう。ああもうこんな漫才みたいなやり取りしにきたんじゃなくて私は誤解を、そう!!誤解を解かないといけないんだった!ああ、まずい。うっかり飛び込んでしまった。

「ご、ごめんね!こいつこんなこと言ってるけど全部からかってるだけだから、気にしなくていいよ!」

「リョウ!俺はからかってなんか…「うっさい!話がこじれるから黙って!」




「う……………」




う?
目の前の女の子から小さく漏れた言葉に私も久々知も首を傾げる。心なしかワナワナと彼女の細い肩が震えているような気がする。ああ待って、なんかこれすごい嫌な予感。これはもしかして、もしかしなくても。

「うわああああん!すいません忘れてくださいいいい!!!」

「きゃー!!やっぱりいいい!!!」

きらきらと涙を流しながら、女の子は遠くへと駆けていく。ああしまった。どうしよう。あわあわと久々知を振り返れば、きょとんとした顔でこちらを見つめ返してきた。なに、なにそんな冷静な顔してんの当事者は久々知であって私ではない。

「ちょっと!追いかけないと!」

「?、なんで?」

きょとんとしたまま首まで傾げた久々知に私はますます慌てる。っていうかなんで私がこんなに慌ててるんだろうか。私ぶっちゃけ第三者ですよね?なぜこんな必死になってるのでしょうか。そしてなぜこの当事者であるはずの男はポカンとしているのでしょうか。

「なんでって…あの子私と久々知の仲を勘違いして逃げちゃったんだよ?!」

「だから初めから断ってたのに」

「…私はっ…あんたとそういうのになるつもり、全然ないし…」

だから、私しか見えないとか、そんな断り方されても正直困る。何だかずっと無意味な期待を持たせているようで、すごく申し訳ない。だからハッキリ断ったのに。白黒はっきりしないのは好きじゃない。曖昧な感情はどちらも辛いだけだ。なのに、なんでそんなに優しい表情で私を見つめるのだろう。


「それでも、俺はリョウが好きなんだ」


真っ直ぐにこちらを見ないで欲しい。なんで私のこと、そんなに無条件で好きになってくれるの?何か変だよおかしいよ。そんなの、本当に私のこと好きなのかなんて判断のしようがないじゃないか。だって、どうして、私を好きになったの?私の何がそんなに好きなの?こんな、可愛げも取り柄もない、久々知の隣に並ぶには不釣り合い過ぎる私の何が。

「久々知…あんた、さ…」

「…ん?」

一歩、久々知が私に近づく。ぐるぐると回る思考に溺れて、私は動けなかった。そっと頬に久々知の指が添えられる。見た目から体温低そうだとは思ってたけど、やっぱり冷たい指先だ。頬を滑るように撫でていく。久々知の瞳を見上げて、真っ直ぐに目を合わせる。

「一体私を…、誰と重ねて見てるの…?」

「………っ!」

頬を撫でた久々知の指がピタリと止まる。私の言葉に目を見開いて、まるではっとしたような表情を浮かべていた。ああ、やっぱり図星なのか。私が彼に感じていたどうにも腑に落ちない違和感と無条件に与えられる愛。そんなの、決まってる。私を通して他の誰かをずっと慈しんでるんだ。

ぱしん、と短い音が響き渡る。久々知の手を、私が払いのけた音。ああ、やっぱりかとようやく納得できた自分の中の気持ちと、同時に感じる腹立たしさ。他人に他人を重ねて、それを愛そうだなんて、そんなの私に対してあまりにも失礼なんじゃないだろうか。そして、なんでそんな悲しいことしようとする?

「………あんたみたいな奴、大っ嫌い…!!!」

吐き捨てた言葉に、久々知が見たこともないくらい辛そうな表情を浮かべる。けれど知るもんか、そんなこと。一度として振り返らずに、その場から逃げ出すように走り出す。腹が立って腹が立って仕方がなかった。頬に残る久々知の指の感触を忘れたくて、思い切り制服の袖で頬を擦った。


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