「好きな女を一途に思って、他の女の誘いは断るとか…泣かせるねぇ」

「五月蝿いぞ三郎」

そんな些細な出来事がきっかけで、俺はリョウと知り合ったというのはもちろん俺の胸の中だけの思い出だ。三郎を初めとする友人達はどうして俺がリョウが好きなのかなんて知りもしないだろうし、教える気もない。とは言え、俺がリョウを好きであるという事実だけは、紛れもない事実で。見てれば分かると散々囃された俺の気持ちは、周囲にはバレバレだったわけである。

「なぁ兵助、お前いいのか」

「何が」

「佐々木に好きだって言わなくて」

揶揄するような表情から一変、三郎の真っ直ぐな視線を受けて思わず俺は口ごもる。そりゃ、今まで何回も伝えようと思ったことはあった。俺たちは五年生。卒業までにあとほんの少ししか時間がないことも分かっている。きっと、それまでにこの気持ちを伝えられなかったらもうリョウに好きだなんて伝えることはできない。だけど、やっぱり諦めることもできないのだから、俺は自分で自分を情けなく思う。リョウが本格的にくのいちを目指すと決めた四年生の時、俺はその時からリョウへの思いを燻らせるばかりだ。

「言えるわけないだろ」

「何でだよ、別にいいじゃねぇか」

「駄目だ、リョウはくのいちになるんだぞ。この間、『くのいちに恋心は不要だ』って笑って言われた。俺だって好きだって言いたかったけど。そう言われたらもう何も言えなかったよ」

波紋すら許さない泉のような彼女の志に、俺は思いを押し殺す。三郎はそんな俺の言葉に納得はしていないが理解はしたようで、憮然と顔を顰めたまま押し黙った。俺とリョウは、こうやって友人のままでいれるならそれでいいんだ。俺は大地で君は空。届かないってことはもう分かってる。でもひたすらに思って手を伸ばすくらいはいいだろう。あの日のように、例え掌は繋げなくても、だ。

「あ、兵助三郎ー!こんなところにいた!」

「探したんだぜー!」

「何してんのそんなしかめっ面で」

駆け寄ってきた三人の声に、俺と三郎は振り返る。雷蔵と八左ヱ門と勘ちゃん、三人揃って何だか息を弾ませている。

「どうしたんだそんな息せき切らせて」

「ん、それ…バレーボールか?」

八左ヱ門の掌に収まっているそれへと視線を向けて、三郎が尋ねる。手の中のバレーボールを掲げると、八左ヱ門はニカリと笑ってみせた。

「先輩たちとな、今バレーしてたんだ!」

「そ、んでどうせなら試合しようってことになってさ。人数足りないから兵助達も呼んでこようってなって」

「というわけで探してたんだけど、どう?やろうよ」

先輩とバレー、ああだから珍しく三人ともこんな疲れてんのか。六年には鬼みたいな体力の七松先輩もいる。三郎と顔を見合わせれば、とんでもなく嫌そうに顔を顰めているのが目に入った。ああ、疲れるの嫌なんだろうな三郎。

「あ、ちなみに拒否権はないって!ばーい七松先輩アンド食満先輩!」

「げっ!か…勘右衛門…そりゃないだろう…!」

「いいからいいから!ホラ、兵助も行くぞー!」

ぐいぐいと八左ヱ門に背を押され、逃れる術もなく俺と三郎も地獄のバレーボール大会へと巻き込まれていく。そんな様子を、遠くでリョウが見つめていたとは思いもせずに。





「あ、やべっ!」

「なにやってんだ久々知ー!そっちはコートじゃないぞー」

「すいません!俺ちょっと取りに行ってきます!」
弾いたボールが明後日の方角へと吹っ飛んでいき、先輩達の野次を聞き流しながらボールを追いかけて走る。それにしてもさすが六年生と言うべきかさすが七松先輩というべきか。とんでもない剛速球のアタックやら何やらで正直こっちがヘトヘトだった。何気に他の先輩も上手いし。善法寺先輩は顔面にばかりボールを受けてて今コートの外で伸びているけど。ちなみに審判は立花先輩だ。疲れるのが嫌いなあの人らしい。

どこまでも転がっていくボールが、やがて何かにぶつかって止まる。え、と顔を上げた俺は思わず躓きそうになる。ポカンとそのボールを拾い上げる指先の持ち主を目で辿ってしまった。

「はい、ボール」

「…っえ、あ…リョウ…?!」

にこりと笑って、バレーボールを差し出すリョウに、何故かボールを受け取る俺の手も震えてしまう。さっきのさっきまで三郎と話題にしていた人物が目の前にいる。じわじわと妙な汗が流れた。

「聞いたよ兵助、同級生のくのたまの子の誘い断ったんだって?この贅沢者!」

「な、もしかして聞いたのか!?」

「もうすっかり有名な話。勿体無いなぁ、あの子相当上手いらしいのに」

「い…いいだろ別に!っていうかこんな真昼間にそういうこと言うな!」

「え、夜ならいいわけ」

「あのなぁ…」

強がっては見せるが、正直グサリと来たのは確かだ。何が悲しくて好きな女の勿体無いだの何だのと口惜しがられなくちゃいけないんだ。はぁ、と肩を落とした俺を知ってか知らずか。楽しげにケラケラと笑う彼女を見て、もし誘ったのがリョウだったら俺は即答で誘いに乗ったと告げたらどういう反応をするのかと頭の片隅で考えた。

「っていうかあの先輩達とバレーって…命知らずねあんた達」

「拒否権はないんだって」

「なるほどね」

引きつった笑みを浮かべながら、リョウが頬に手を当てる。そういえばさっきボールを受け取る時に少し指先が触れた。そんなことを今更思い出して、ドキリと心の臓が跳ね上がる。指先でこんな反応って、純情にも程があるだろうと自分自身に呆れる。けれど、好きな相手に触れるというのはそれ程に俺にとっては大きな出来事なのだ。

「おーい、兵助ー!!」

背後から、痺れを切らしたらしい八左ヱ門の声が響く。慌てて振り返れば、何故か三郎と雷蔵と勘ちゃんが身振り手振りで何かを伝えていた。妙に必死だ。そして何かを先輩にも耳打ちすると、先輩達も同じような手振りで俺に何かを伝えた。

ああ、そうか。
馬鹿だよな、あいつら。

くっと思わず笑いが零れる。
矢羽音を使えばいいのに、そんなことすら忘れて必死だ。
誰かの為に必死になる、そんな友人に恵まれたことを俺は心底幸せに思う。


「なぁ、リョウ」

「なに?」


「一緒にバレーしないか?」


誘え誘え!と妙に分かりにくい身振り手振りで、必死な友人は俺にそう伝えた。俺のその言葉に、リョウは一瞬目を丸くするとひだまりのように微笑んだ。

「手加減してよね!」

パッと俺の手を繋ぐと、リョウはみんなの下へと走り出す。あの日以来なかなか繋げなかった掌が、俺の掌を強く握り締めている。太陽がそこにあるように、暖かい。離れないように握り返せば、俺の火のような感情は勢いを増すばかりだ。

”諦めなかったあんたは偉い、一人で頑張ったね”

なぁリョウ、もしもずっと諦めなかったら。そうしたらいつかは俺に応えてくれるか。あの時掌を伸ばした俺の手を、また握って笑ってくれるか。掌を太陽に伸ばすように、俺は何度だって空のような彼女へとこの指先を掲げる。




大地と空と
火と水の歌





例えるなら、俺は大地で彼女は空。
例えるなら、俺は火で彼女は水。

相反する俺達は、それでもどこかで惹かれ合う。








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