指先に触れた感触に、私はゆっくりと目を開いた。

「リョウ、」

声する方へ、横たわったままの私はそっと視線を向ける。同じように横たわった兵助が、柔らかく微笑みながら私の指先を手繰り寄せて握り締める。あの日から、私と兵助は二人でよく屋上へ来るようになった。どちらかが先に屋上へ居座ってることもあれば、兵助に多少強引に連れて来られることもある。どちらにせよ風の吹き抜けるこの屋上が私は好きだ。兵助も、それをよく分かっていたのかもしれない。約束をしたわけでも何でもなかったが、私と兵助は青空の下でこうしてただ一緒の時を過ごした。この奇妙な関係の始まりはここからなのだ。あの日の私の願いを、そして兵助の願いを、私は今でも繰り返し思い出す。何度も何度も、瞼の裏側に焼け付く兵助の涙の理由を私は探す。

兵助へ向けていた顔を、私は真正面へと向けなおす。今日の空は随分と高い。ああそうか、もう秋も近いのか。それでも眩しい太陽が私と兵助を照らし出す。あの太陽は、いつだって、変わらない。

「………………」

太陽へ掌を伸ばす。あの時と同じ。兵助に好きだと伝える前の、臆病者だった私。けれど今は、この掌の先に兵助がいる。繋がっている。太陽が透かした指先に、血が巡っていることがこんなにも嬉しい。兵助と生きている今が、こんなにも。

「リョウ、何やってるの?」

「………、太陽」

「太陽?」

「うん…何か、私がこうやって見上げる日はいつも太陽があるから」

曇りの日でも、雨の日でも、いつかは必ず太陽は顔を出す。そんなの分かりきっていることだけれど、こうして私が手を伸ばすその先に、いつもそれはいてくれる。私を真っ直ぐ照らす、迷いの無い強い光。

「なんか、見守られてる気分」

ふと、それがまるで何かに似ていることに私は気づいた。熱く燃える命の光。それはまるで道しるべのように、いつだって私が迷ったときに道を照らしてくれる。信じて良いよと手を差し伸べてくれる。眩しすぎるその光は、時々私自身へも影を落とすけれど、それでも与えられる暖かさはいつだって変わらない。

ああ、そうか



太陽は、兵助に似てるんだ



掌の向こう側で揺らめく光に、瞳を眇めてふと思う。太陽と兵助を重ねるって何だか妙な話だけれど、それは以前からも漠然と感じていたことだ。優しい光が私へ降り注ぐその度に、私の脳裏にそんな感情が浮かび上がる。だから、私はこうして太陽へ掌を伸ばす。そうするといつもざわりざわりと胸が騒ぐのだ。意識の片隅を誰かが埋め尽くしていく。忘れてはいけない、けれど忘れている何かを叫ぶように。人はこれをデジャヴと呼ぶのだろうか。


私は、この光景を知っているような気がするのだ



いつどこで、そんなの分からない。夢か現か、それすらも判断できない。表面下で静かに息吹くように、それはひっそりと着実に私の意識へと滑り込む。兵助と出会ってから、なんだかこの感覚は徐々に強くなっているような気すらするのだ。何か理由があるのだろうか。だとしてもそれを知る術は私にはない。何せはっきりと言葉にできるほど確立したものではなくて、随分と朧気な感覚のようなものなのだ。例えるなら、その日見た夢の内容をはっきり思い出せないのに、空気や色、悲しかったのか嬉しかったのか、そんな感情だけが置き去りになって思考の片隅に残るような、そんな曖昧な感覚なのだから。

「ねぇ、リョウ」

思考の渦に溺れる私の視界に、青空と兵助の顔が映り込む。覆い被さるように私を覗いているせいか、眩しい太陽は兵助の姿に隠れた。あ、太陽が兵助になった。そんな馬鹿なことをぼんやり思った後、ハッと現状を思い返して体中の血が逆流するかのように顔が熱くなるのを感じた。顔が近い。ぎゅうっと兵助の掌が私の掌を握り締めた。覗き込まれた瞳は真っ直ぐ私を貫いている。心臓が痛いくらいに胸を叩く。どうしよう何も言えない。低くて甘い響きの兵助の声が耳をくすぐった。


「キスしてもいい?」


窺うように見つめてくるくせに、その瞳には一切の否定は通用しないかのような強さを秘めている。私は真っ赤なままただその瞳を見つめ返すくらいしかできなくて、どうしてだかこんなにもドキドキしてしまっている。キスは、何もこれが初めてなわけじゃない。けれど何度しても、やっぱり私はこうして翻弄されるばかりなのだ。兵助はここぞとばかりにあの日以来隙を狙ってはくるけども。それでも、ちっとも嫌じゃないと思う自分自身に実は私が一番戸惑っているかもしれない。ぎゅうっと掌を握り締めて、死にそうなくらい早まる鼓動を誤魔化す。

「………いいよ」

その言葉に、兵助はまるで綻ぶように笑うのだから、私はますます顔が赤くなるのを止められない。ゆっくりと目元へ兵助の唇が触れる。その感触に無意識に目を閉ざせば、唇は辿るように頬をなぞる。くすぐったくて思わず兵助の手を握り返せば、その瞬間に唇へと兵助の口付けが落とされた。冷たい唇が食むように私の唇を塞ぐ。心臓の鼓動が聞こえてしまうんじゃないかというほど、高鳴る。


人から愛されること、そして私が誰かを愛すること。こんなにも幸せで、そしてこんなにも苦しい思いを、私はずっと知らなかった。知ろうとも思わなかった。強く強く求められることも、そしてそれに応えようとする私自身も、きっとあの桜の舞う中で佇む私には想像もできなかったことだ。きっと、この思いは誰にも負けない。この感情に名前を付けていいのだろうか。きっと私の、兵助を好きだと思う気持ちは嘘じゃない。誰のものでもないし、誰かに負けるつもりもない。

どうしようもなくその人だけを強く求めてしまう、情けなくてけれど愛しくて、幸せなこの感情を人が恋と呼ぶのなら。

それならきっと、私は恋をした。

「兵助」

「…ん?」

「好きだよ」



恋して恋して
恋をした




君に何度でも、この気持ちを伝えてみせよう。


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