生真面目で、鈍感で、でも触れる指先はいつだって優しくて。そんな兵助を一番初めに好きだと気付いたのは、もう何年も昔のことだ。もう随分と前に諦めた言葉が、まるで残響のように胸に響く。言いたいことだとか、返したいことがたくさんあったのに、溢れた感情は上手く言葉にはならない。紡ごうとする唇が何度も開いて、やがて零れたのは弱弱しい声だった。 「…私も」 「リョウ、」 「本当は…兵助のこと、私もずっと好きだった」 握られるばかりだった掌をぎゅうっと握り締め返す。 「でも、私はくのいちだから…普通の女の子が憧れるような幸せなんて、夢のまた夢だと思ってた。だから諦めようとしたの。兵助が好きだって気持ちに蓋をして、傍にいられるだけでいいってそう納得してたの」 そうでないと、きっと諦めきれないと思ったから。他人を欺けても、自分自身の気持ちを欺くことは到底無理だった。傍にいれば何度だってあの感情は蘇る。殺しきれない自分の気持ちを、誤魔化すことで昇華しようとしていた。 「俺は、くのいちのリョウもそうじゃないリョウも、全部好きだ」 「…もう綺麗なんかじゃないし、汚いこともたくさんしてきた。それでもいいの?」 「リョウが傍にいてくれるなら、何だっていい」 真っ直ぐに告げられる言葉は、一つ一つがまるで日溜まりのように暖かい。一つ一つ、心に灯る。くのいちという名の、日陰の道を歩むリョウにとって、それはまるで太陽のようだ。 「だから、一つ俺と約束をしてくれ」 「約束?」 真剣な表情はそのままに、何処か不安げな面持ちの兵助が呟いた。じっと、リョウは兵助を見つめ返す。握る掌に力が込められた。 「この戦が終わったら、夫婦になろう」 「……え?」 聞き間違いかと数秒固まって、兵助の言葉の意味を必死に頭の中で繰り返す。何度も何度も兵助が真剣な表情に不安を滲ませながらこちらを見遣る。それでも、掌だけは離さないと言わんばかりに力強く握られている。何度も意味を噛み締めているうちに、ぼろりと瞳から何かが零れ落ちて、視界が滲む。そこでようやく、リョウは自分が泣いていることに気付いた。 「……リョウ、?」 「あれ、…やだ、ごめん兵助」 「…リョウ、もしかして…嫌だった?」 悲しげに眉を下げながらそう問いかけた兵助に、虚を疲れたリョウは思わず笑った。ぼろぼろ涙を流しながら笑う姿は何とも可笑しいが、兵助の焦りように思わず堪え切れなかった笑い声が漏れる。ああ、おかしい。まるで夢みたいだ。夢なら、どうかこのまま醒めなければいい。まさか自分が、人並みの幸せを味わうことが出来るなんて。 そんなこと、夢にだって思わなかった。 「…嫌なわけ無いでしょうが、馬鹿兵助!」 「うわっ!?」 勢いよく兵助に抱きつけば、突然のことにも関わらず兵助は難なくリョウを受け止めてみせる。目を白黒させつつも、頬を寄せれば背中に回るリョウの腕がぎゅうっと兵助の背中を握り締めた。胸元に埋まってくぐもった声は、僅かに震えている。兵助の腕がきつくリョウを抱き締めた。 「絶対だからね、兵助。この戦が終わったら、私は兵助と生きていく。約束する」 「あぁ、約束だ」 固い約束が、お互いを結びつける。 生きる希望となるように。 死なない覚悟をするために。 ← → |