「…リョウっ!!」

返り血やら埃やら土やらで汚れに汚れていた装束を脱ぎ捨て身体を清め、浅黄色の小袖に着替えて現在ここは城の屋根の上。城下を一望できる特等席にて忍務後の疲れを癒していた最中に名を呼ばれる。聞き覚えのあるその声、けれど珍しくもいつも以上に真剣な色を醸すその表情に、リョウは何事かと思わず身構えた。

「な…なに、兵助」

先ほどの出来事と困惑も相まり刺々しい声音になってしまうが、リョウは兵助のことを実は学園にいた頃から好いていた。一番初めに好きだと気付いた頃から、もう何年もの間密かに思い続けている。けれど自分はくのいちである。自分の身体を声を色を使う女などに、一般的な女の幸せなんてものは手に入るはずがないと随分昔に諦めた。けれど、同じ城に就職すると分かったとき、それでもやはり心のどこかで歓喜した。これからも、くのいちとして仲間としてなら、兵助の隣にいることができる。それで十分な筈だった。それなのに、傍にいればいるほど欲張ってしまう自分がいた。

「…隣、座ってもいいか」

「どうぞ」

珍しく弱弱しい声音に何だか複雑な気持ちになりながらも返す。互いに屋根に隣り合わせながら座り込み、じっと変わらない町並みを見つめる。傍から見れば随分とおかしな姿だった。吹き抜ける風は麗らかで、日差しも心地よい。疲労も相まって、うつらうつらとリョウの意識が飛びかけた時だった。

「…なぁ、」

兵助が、唐突に言葉を発した。

「……ん?」

「さっきはごめんな、いや…今までも何回も、だけど…」

「……別に、もういいよ」

戸惑ったようにしどろもどろと謝罪の言葉を述べる兵助に、緩やかに苦笑を浮かべながらリョウが応える。そんな窺うように謝られたら何だかこっちが悪いことをしてしまったみたいだ。確かに一方的に怒鳴ってしまったのは自分だけれども。ぎゅうっと膝を抱え込んだ。

「本当は分かってるの、このままじゃいつか足元すくわれるって」

ぽつりと呟いた言葉は、思っていたよりもずっとずっと弱い響きだった。

「私が無茶ばっかりするから、頭が兵助ばっかりと組ませるのも本当は分かってる。兵助はいつも私が無茶する前に終わらせてくれるから」

「…………リョウ」

「でもね、私はくのいちなの。こうやって生きていくしかもう道が無いの。そうでなきゃ、私は…兵助の隣にはいられない」

ずっと昔に諦めた恋心だった。くのいちを目指すと決めてから、色々なものを諦めなければいけなかったけれど、最後の最後まで結局捨て切れなかったのは愚かな己の心だった。恋仲でなくとも、隣にいられるならそれでいい。そう納得するしかなかった。けれど、傍にいればいるほど、苦しくて切なくて、でも嬉しくて嬉しくて、矛盾する気持ちにいつだって振り回される。

僅かな沈黙が二人の間に流れ、変わらない鳶の声だけが青空に響く。隣の兵助が、なぁ…と小さく口を開いた。

「俺が、任務の最中に殺気丸出しになったり、リョウの相手をしてる男をさっさと葬るのは何でか分かるか?」

「……?」

「確かに、リョウに無茶して欲しくないってのはある。傷も痛い思いもして欲しくないし、好きでもない男に余計に色を使って欲しくも無い」

「うん…」

「ただ、本当は俺の単なる我侭だ」

苦笑を浮かべた兵助と視線を合わせながら、リョウは首を傾げてみせた。やがて、傍らに座る兵助の指先がリョウの指先へと触れる。その温もりにハッと目を見開いて手を離そうとするが、それより早く兵助の掌がリョウの掌を捕らえ、強く握り締める。平静だったはずの心の臓が苦しくなるほどに速さを増す。逃げ出しそうになった身体は、兵助の視線に射抜かれた途端に動けなくなった。

「リョウの肌に触れる男達に、俺自身が我慢できない」

「へ、兵助…?」

「本当は、誰にも触れて欲しくないし、いつだって俺だけのものにしたかった」

真っ直ぐに見つめる瞳に、僅かに揺れる熱はきっと気のせいなんかではない。触れている指先から、視線から、言葉から、兵助の言わんとしていることが伝わった。だから、リョウもこの手を振りほどけない。期待と不安と、様々な感情の織り成す自分自身の心が五月蝿く響く。

「俺は、ずっと前から」

吸い込まれるような青が、目に焼きつく。



「リョウが、好きだ」





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