ガクリと肩を落としながら、深くため息を吐いた兵助の背後で小さく笑い声が響く。しょんぼりと振り返った兵助は、ジトリと笑い声を零す頭へと視線を向けた。

「笑い事じゃないです、お頭」

「ごめんごめん、相変わらず仲がいいなぁお前らは」

「今の今までのやり取り見てて、本当にそう思いますか」

はぁ、と再度溜息を吐き、リョウの去っていった方角へと視線を向ける。決してリョウを侮っているわけでも信用していないわけでもない。ただただ純粋な嫉妬心からだった。リョウの肌へ男の指先が触れることが不快で不快で堪らなくなってしまう。忍者として、己の気持ちを押し隠せないのは致命的だと兵助自身も分かってはいる。けれど、こればっかりはどうしようもなかった。気が付けば無意識に体が動いてしまっているのだ。

久々知兵助
学園の頃から、リョウを一途に想い続けてきた一人の男だった。

「兵助は優秀だが、リョウのこととなると冷静さを欠くなぁ」

そんな兵助の気持ちをお見通しだと言わんばかりに、カラカラと頭は笑った。そんな頭の様子に兵助は自分が情けなくなり、ますます縮こまる。本当にこんなことではいけないのに。それでもどうしても、リョウが絡むと頭に血が昇ってしまう。お互いがまだ忍者とくのいちの卵だった頃から、リョウに近付く男を遠ざけまくってきていたが、それがこんなところで裏目に出るとは。それ程にリョウが好きな癖して、その気持ちをまだ伝えられていないというのだから馬鹿みたいに滑稽な話である。

「まぁ、そんな兵助だからリョウと組ませるんだけどな」

「…え?」

突然の頭の言葉に、兵助はパッと顔を上げた。

「リョウは優秀だ。優秀だからこそ、時に自分自身を省みない。一緒に忍務をしてて必要以上に無茶や無理を重ねることも多いだろう?けれど、リョウにとってはそれが当たり前になっているから、私が言ったところで聞くとは思えない。逆に侮られたと怒るだろうなぁ。それに、リョウをくのいちとして働かせているのも、私自身だ」

「………………」

「けれど、兵助ならリョウが無理をしそうになれば歯止めを掛けてくれるだろう?まぁ多少泥を被せた形になって申し訳ないが」

穏やかに言葉を紡ぐ男の表情は、本当に忍者なのかと疑いたくなるほどに慈悲深く、そして優しかった。兵助の手に緩やかに力が込められる。何て自分は幸せなのだろう。胸に熱い何かが込み上げた。

「忍者として甘いかもしれんが…私は忍者を道具だなんて思っていない。忍は心をなくしたらただの刃だ。そんな無機質なものに落ちるほど、私はまだ人間味を捨てちゃいないからね」

「俺は…お頭の下で働けて、本当に幸せです」

「私も、そう言ってくれる部下に恵まれて嬉しいよ」

目尻に笑い皺を作りながら、頭は微笑む。手にしていた湯飲みを縁側へと置くと、緩慢に立ち上がり兵助の頭をポンッと優しく叩く。男の手は古傷や肉刺で、ひどく荒れていた。しかし暖かくて優しい、一人の人間の掌だ。

「兵助、惚れた女ならしっかり捕まえておきなさい」

「…はい、」

緩やかに微笑みながらはっきりと応えた兵助に、頭は満足そうに大きく頷く。やがて兵助は深々と頭を下げると、駆け出すようにリョウの消えた方角へと駆け出すようにして立ち去る。その後姿を眩しげに見つめながら、懐の巻物を取り出すと目を落とした。長閑な鳥の声が響く庭に、不似合いな内容の巻物。時は戦乱の世。情報が生死を左右する、殺伐とした時代。

ゆっくりと、空を見上げる。青空が広がっていた。

「…早く泰平の世が訪れんことを」

小さな呟きは、時代の風に呑まれて消えていった。




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