生真面目で鈍感、でも私に触れる手のひらはいつも優しい。そんな兵助を一番最初に好きだと気付いたのは、もう今から何年も前の話だ。私達がかつて忍術学園と呼ばれる箱庭にいた頃のこと、今だからこそ鮮明に思い出せるその光景は何年経たとしても淡く優しい光として胸に蘇る。私はそこでくのいちの卵として、そして兵助は忍者の卵として、様々な出会いと苦難を乗り越えながらも共にこの道を歩いてきた。卒業と就職、春は別れの季節だと言うけれど、目指すものの似通っていた私達は偶然か必然か、同じ城に勤めることになり、互いに笑い合ったのはいい思い出だ。 真っ赤に燃え盛る炎が、何もかもを包み込んで呑み込んでいく。熱さもとうに感じない。浮かんでは消える、まるで泡沫のような儚い思い出は滲んだ景色の向こう側へ消えていった。これを走馬灯とでも言うのだろうか、神仏も随分と酷なことをされるものだ。最後の最後にこんなにも切ない気持ちにさせて、この世に未練でも残ったらどうしてくれようか。けれど、やはり過ぎ去っていく遠い日々はどこまでも優しく残酷だった。 “この戦が終わったら、夫婦になろう“ 珍しく真剣な表情で人を呼びつけるから、何事かと思いきや突然の夫婦になろう発言。思わず数秒間固まった私を不安そうな顔で何度も見遣りながら、それでも手だけは離さないとでも言いたげにぎゅっと握り締められて。くのいちである私が、まさかそんな人並みの幸せなんて手にすることができるなんざ思いも寄らなかったから、私の目からは思わず涙が零れた。それに焦った様子を見せる兵助をくすくすと笑いながら、私は思い切り抱き付いて返事をした。この戦が終われば、必ずあなたと生きてやろうと。そう固く約束し合った。 叶わない願いすらも焼き尽くして、何もかもが消えていく。思い出も、過去も未来も。ズキリと先ほどから血の止まらない脇腹に手をやった。溢れ出るそこに比例するかのように、私の意識は徐々に遠退いていく。指先ももう真っ白だ。氷のように冷たい。ただ、自分を取り囲むように燃え盛る炎だけが轟々と熱を放っていた。 兵助達が敵勢の城へ攻め込んだその夜だった。突如として私達の城は襲われた。それは敵対していたそれではなく、じっと機を伺っていたのであろう第三の勢力にだ。留守を守っていた私達、城の者もほとんどが奇襲にやられた。兵助達に城の凶事が伝わる頃には、恐らく跡形もないほどに焼き尽くされているだろう。彼らの帰る場所を守れなかった、ただそれだけが歯痒い。命懸けで隠し通路へ押し込んだ殿や奥方、姫様は無事だろうか。きっと私がここで応戦している間に、彼らの側仕えの護衛が安全なところまでお連れしたのであろう。それならば良い、私の役目は全うした。 ただひとつ、 心残りがあるのだとすれば。 それはあなたを残していくこと。 太陽みたいに眩しくて、私をいつも導いてくれた、日陰の道も兵助と一緒なら日の当たるそれと何も変わらない。傍に、いてくれるだけでもう私は幸せだったんだ。 どうか、 どうかもう一度出逢って、 もう一度あなたに恋をしたい。 来世でまた会えるのなら こんな業火など、私にとって何の苦しみにもならない。 「…………兵助」 きっと兵助は、ひどく悲しむのでしょう。先に逝く私なんかの為に涙を流してくれるのでしょう。ごめんね、ごめん、ごめんなさい。 熱い頬の上を涙が滑り落ちていく。あぁ、もう終わりなのだろうか。視界が黒に染まっていく。大きく息を吸い込めば、焼けるほどに胸を焦がす空気に思わず噎せた。何故だろうとても眠たい。ゆらゆらと揺れる炎が徐々に暗闇に飲まれていってしまう。 掌を、 もうほとんど見えていない視界の中で唯一輝くように燃えている炎に伸ばす。まるで太陽みたいだ。 兵助と同じ、 日陰を歩く私を照らす、私だけの太陽。 「必ず、来世で」 こんなちっぽけな人間の願いなど、あなたには届かないかもしれませんが。 それでも、どうか。 |