「泣きながら告白断る人、初めて見た」

「……リョウ…!?」

去っていった女の子の後ろ姿を見送りながら、久々知は立ち尽くしていた。突然として屋上で始まった告白劇から逃げる術も無く、必死で隠れた私を誰か誉めて欲しい。不可抗力だ。軋んだ音を響かせ、私はフェンスに寄りかかりながら久々知の後ろ姿に声を掛ける。驚きに目を丸くしながら振り返った。久々知の目は真っ赤だった。

「…聞いて、たのか…」

「言っとくけど、屋上に先にいたのは私で、久々知達が後から来て勝手に始めたんだからね」

腕を組ながらさらりとそう告げれば、久々知は僅かに眉根を寄せた後で聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそうかと呟いた。そんな久々知を一瞥し、私はフェンスに寄りかかったままで空を見上げる。前にも、こんなことがあった。その時の私は、確か思わず告白の場面へ突撃しちゃって、結局告白は台無し。女の子は全力で私と久々知の仲を勘違いして泣きながら去っていった。そんな女の子を追いかけろと久々知に捲くし立てたのも、そういえば私自身だ。あの時の私は、そんなこと平気で言えた。

それが、今はどうだ。

「……ねぇ」

「ん?」

「………………」

「リョウ、どうかしたか…?」

「今から言うこと、聞き流してくれてもいいから」

さわりと風が流れて、私と久々知の髪を揺らす。真っ直ぐに久々知の黒目がちな瞳を見つめた。グラウンドで誰かの笑い声が響く。

「…私ね、久々知があの子の告白断ったの聞いて…実はホッとした」

飛び出してしまいそうだった。以前にも私は告白中に2人の間へ飛び出してしまっていたけれど、その時とはまるで意味が違う。心に湧き上がった恐怖や焦り、そして不安。抑えつけるのが必死で、私は"もしも"を想像して幾度となく叫びだしてしまいそうになった。ただ、自分で自分の気持ちが分からない。頭の片隅で私の感じる感覚とは違う何かが、意識を押しのけるように叫ぶ。きっとそれは私の気持ちじゃない。だから、認めたくない。久々知が本当に私の事を思ってくれてるって、私はもう分かってる。けれど、それがもしも100%自分の気持ちじゃないのなら、そんなの悔しい。

運命とか、そんな言葉で納得したくないの。選ぶのも決めるのも私自身。そこに誰も踏み込んで欲しくない。

ゆらりと地面の影が揺れる。ゆっくり顔を上げれば、少し離れた距離にいた筈の久々知が向かいにいた。眉を寄せて、長い睫が頬に影を作っている。私と久々知の影の境目を視線がさまよって、やがてその眼差しは私を真っ直ぐ貫いた。ああ、胸が苦しい。

「きっと、私は久々知のことを前よりずっとずっと気になってる」

「…………」

「久々知が本気で私を思ってくれてることも、嘘なんかついてないってことも、本当はちゃんと分かってる」

初めてだ。初めて本音を口にする。心の中で蟠った色々なものが、堰を切ったように止まらない。名前を付けられないこの感情が、分からない誰かの声が私を苛む。苦しくて苦しくて堪らない。

「初めは久々知の一方的な思いが、私には分からなくて、それが苦しかった。信じきれない自分にも、一方的過ぎる久々知にも、私は全部嫌になった。でも、」

ただ黙って私の言葉に耳を傾けている久々知に、私は言葉を叩き付ける。頬を冷たい何かが流れていった。視界が滲む。久々知の顔が景色に溶ける。

「でも、久々知が嘘なんか吐く奴じゃないって、いつだって真剣だって、一緒にいる時間の中でそう感じるようになった。でも私は素直なんかじゃないし、自信なんかいつだって無い。そうしたら今度は、久々知が離れていくことが不安になった」

「………リョウ、」

「はっきり好きとも言えないぐらい中途半端な気持ちの癖に、久々知が…っ、私の言葉や態度で、傷ついてること分かってる癖に…っ」

ねぇ。本当は隣で居られるだけでいいって、そう言いながら久々知は色んなことに耐えてきたんでしょう。私の名前を呼んで、笑いながらいつだって寂しそうな顔してたのも、"兵助"って呼んだ時に泣きそうだったのも、全部私のせいでしょう。だから、泣いたんでしょう?





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -