「久々知君が、佐々木さんのこと好きなのは分かってるの」

目の前で、顔を俯かせながらそう呟いた女子生徒と向かい合う。いつも通りの昼下がり、違うのは俺がこの子に屋上に呼び出されたってこととこの状況。静かに目の前の子の言葉に耳を傾ける。


一緒に帰った帰り道、俺はもう一度やり直しをさせて欲しいとリョウへ告げた。僅かに見開かれた瞳が真っ直ぐに俺を見つめて、春の最初の日のようだった。あの日、俺はようやくこの時代へ生まれた意味を知った。前世の記憶を持ちながら、何度も何度もリョウの姿を探した。いつだってリョウしか見えなかった。それしか考えられなかった。だから、リョウを見つけた瞬間、俺は泣きたくなった。ずっとずっと探して、ようやく見つけたからだ。

"兵助"

名前で呼んでくれと、そう懇願する俺を真っ直ぐに見つめながらリョウの唇から音が零れた。困惑に揺れる瞳が俺を映し出す。微かに震えた俺の掌がリョウの掌を離れないように握り締めていた。俺の名前を呼んだリョウは、直後にまるでしまったとでも言いたげにハッとして、繋がっていた掌を振りほどいた。熱が指先をすり抜ける。もう一度、掌を伸ばしかけたけれど、直後に留まる。

リョウが、泣きそうな表情を浮かべていた。



「久々知君と、佐々木さんって付き合ってはいないんでしょう?」

「え、あ…うん…」

目の前の子の言葉に我に返って、同時にその言葉が胸に突き刺さる。第三者から見た俺とリョウはやっぱり赤の他人で。どれだけ好きだと俺が言っても、この関係は変わらない。それでいいと思ってた。俺が好きなんだから、例えリョウが覚えていようがいまいが関係ないって。そう思っていた筈だ。それなのに、俺は欲張ってしまう。変化を求めてしまう。どうしてあの時、リョウが泣きそうな表情を浮かべていたのかなんて、今の俺には分からない。昔なら分かっただろうか、理解できたのだろうか。それすらも、俺には分からない。リョウが『佐々木リョウ』と違うなんてこと、俺は理解していたはずだ。

「ねぇ、いい加減に佐々木さんは諦めて、別の相手にも目を向けてみようよ」

諦めるなんて選択肢を、俺は初めから用意していなくて。いつか必ず応えてくれると信じていた。いつかきっと思い出してくれる。いつかまた同じように笑ってくれる。今のリョウでいいと言いながら、それでも俺は心のどこかで、リョウの記憶が戻ることを願っていた。

だって、
寂しいんだ。悲しいんだ。

隣にいるのに、離れていく掌。絶対なんて言えないほどに曖昧な立ち位置で、それでもいいと言ったのは自分自身の癖して、いつだってすり抜ける熱に胸が苦しくなる。絶対が欲しかった。約束をしたかった。叶わなかった願いを今度こそ叶えたかった。けれど、いつだって遠回りして、俺はリョウに気持ちを押し付けてばかりいる。リョウは、そんな俺のことを嫌いになってしまったのだろうか。一方的すぎる思いに、また苦しい思いをさせてしまったのだろうか。分からないことばかりだ。この世界のリョウだって、前世のリョウだって、俺にとってはたった一人の"リョウ"。これだけは、何も変わらない。俺達の間の何が変わっても、それだけは絶対に変わらない。

「あのね、久々知君。私は久々知君が好き。きっと佐々木さんよりも」

向かい合う彼女は、俺を好きだと言う。俺がリョウへ向ける気持ちと同じものを、彼女は俺に向けている。俺は、その気持ちを返してもらえない辛さがどういうものかを知ってる。同じだ。俺は、この目の前の女の子と、一緒だ。

「…………久々知君?」


でも、それでも、
同じ気持ちじゃなくても
前世を覚えていなくても
手を繋げなくても

例え何があっても



「久々知君、なんで…泣いてるの?」

「………え?」



頬を伝った雫が、ポタリと地面に染みを作った。目を丸くする彼女の言葉に、俺は頬に手を当てた。ああ、俺なに泣いてるんだろう。けれど、どうしても止まらない。泣いてるのは俺なのか、"俺"なのかは分からない。ただ、色々な気持ちがぐるぐると頭の中を巡って、胸が締め付けられるように苦しかった。抱えきれないくらいの好きという気持ちと、近くにいるのに踏み出せない歯痒さと、自分自身の臆病な心と。悲しくて寂しくてけれど、やっぱり嬉しくて。だからこそ思う。

ああ、俺は。


「俺は、それでも…リョウが好きなんだ」


リョウに誓った。この言葉だけは、俺は偽らない。他の子じゃだめなんだ。リョウじゃなきゃ、だめなんだ。代わりなんていない。俺にとっての生きる意味はリョウだけだから。以前よりも短くなった髪も、ほんの少しだけ不器用な笑顔も、俺の名前を呼ぶ声も、真っ直ぐ見据えるその瞳も、何百年経っても変わらない優しくて温かい指先も。全部、愛しくて愛しくてたまらない。どんなに変わってしまっても、俺がそう思うことだけはきっと永遠に変わらない。


なぁ、神様。
それぐらいは許してくれてもいいだろう。


「俺は、リョウのことしか見えてないから」

「久々知君…」

「だから、ごめん」

それでも、やはり願ってしまうことだけは許して欲しい。いつか、もしもまたあの日々が帰ってくるのなら、リョウが俺を好きだともしもまた言ってくれるのなら、叶わない願いかもしれない。けれどもしも、いつか、そうやっていつだって願ってしまう。

どうか、どうか、



愛していると
言ってくれ




俺の地面は、乾かない。
この掌を、どうか握り締めて欲しい。





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