"…リョウが好きだ"

好きだなんて、言っちゃ悪いけども毎日毎日会うたびに言われてたから、久々知の口癖みたいなものだと思うようにしてた。いちいち久々知の好きという言葉に反応していたら、それこそキリがないからだ。

「……………」

真っ青な空を流れていく雲を眺めながら、昼休みの賑やかな校内に耳を傾ける。屋上を吹く風が涼しくて、寝ころんでいる私の頬を緩やかに撫でた。誰かがボールを蹴り飛ばすような乾いた音が聞こえた。男子がサッカーでもやっているのか、声が飛び交っている。


"初めて会った日の、やり直しをさせてくれ"


夕日が街を染め上げる中、久々知は真っ直ぐ私を見つめてそう言った。久々知に最初に出会った日。忘れもしない、あれは春の初めで桜が舞っている物凄く綺麗な景色の中で嘘みたいに綺麗な久々知が私に向かって夫婦になってくれと言ったのだ。本当、あいつは出会った瞬間からぶっ飛んでて、私はいつも振り回されて。それを、あんなに真剣な瞳で見つめられながらやり直しだなんて。

だから、私はいつもみたいにあしらえなかった。あいつはいつも言ってた筈だ。"嘘は1つもついてない"って。でも、私はどうしてもその言葉を信じられなくて、いつも私を通して誰かを見つめてるんだって言い聞かせてた。だって、好きだって言われてもいつも逃げたり怒ったりしてばかりで、傷付けてばかりで、そんな私をあんなに好きになってくれるような人、いるわけがないと思ってたんだもん。人は、好きな相手には同じくらいの愛情を返して欲しいと願うものだ。例えば私に好きで好きで堪らない人がいたとして、その人にもしも否定や拒絶の言葉をぶつけられたら、私はきっとひどく傷付く。もしかしたら好きだったことすら裏返って憎むかもしれない。きっと久々知みたいに笑えない。"傍にいられるなら何でもいい"なんて、きっと言えない。

「………バカ」

バカだ、大バカだよ私。向けられる純粋な気持ちに粗を探して、初めから拒絶して自分を守ることに精一杯で。久々知のことなんか、これっぽっちも考えなかった。私を好きだと言ったあの瞳が、いつだって私を真っ直ぐ写していた。嘘なんかついていないってあの唇が、いつだって私へそう言っていた。私を抱き締めた時も名前を呼んで欲しい、今はただそれだけでいいって握り締められた掌は、震えていた。傍にいれるだけでいいって笑った顔が、泣きそうだったことにも私は気付いてた。

「バカ、…ごめん…ごめん、」

本当は分かってる、久々知が本当に私へ気持ちをぶつけてくれてたこと。裏切られたくなくて、逃げた。久々知の優しさに付け込んだ。本当は、久々知が私を裏切るような人じゃないってもう私は分かっていたのに。

こんなに素直じゃなくて、可愛くない私に、いつか久々知は愛想を尽かしてしまうのかもしれない。そう思うだけで胸の真ん中を冷水が注ぎ込まれるような心持ちがする。私は怖くなる。この感情の名前だって、知ってる。見ず知らずの久々知の恋人になるかもしれない人に、

私は。

「……嫉妬してる」

有り得ないと思ってた。そうなればいいのにって、私はいつも願ってた筈だ。あいつが早く私以外の誰かとくっつけばいいのに。そう思ってた。でも今は、そんなこと絶対思えない。

「私おかしい…」

青空が眩しかった。腕で目を覆う。目尻から温かい涙が零れた。なんで泣いているか私には分からなかった。頭がぐちゃぐちゃだ。ぐちゃぐちゃすぎる頭を冷やすために溢れてしまったのかもしれない。

これ以上傷付けたくない。
けれど、どうすればいいか分からない

久々知が好きだというのを受け入れればそれが一番早いかもしれない。けれど私のこの気持ちをなんて言えばいいか分からない。こんなに苦しくて苦しくて堪らない、恋と呼べる程生温いものじゃなくて愛と呼べる程綺麗なものじゃない。まるで、大切な何かから離れたくないと私じゃない何かが叫ぶかのように。この感情は、私のものじゃないかのように。


――――リョウ、


私を呼ぶ声、その声を聞くたびに頭の片隅を何かが埋め尽くした。その何かが私には分からない。だから聞きたくなかった。私が私じゃなくなるようで、苦しい。けれど私の心がそれを嬉しいと感じるようになっていた。嬉しい嬉しい嬉しい。呼んでくれてる、私を。


私 を 見 つ け て く れ た


掌を、太陽に伸ばす。隠す。私には眩しすぎて、目に痛かった。強い。暖かい。太陽の光に、手の端がうっすら赤く染まっている。赤色がダブる。

暑い暑い、熱い。

「………っ!」

どくりと心臓が脈打つ。生きていると主張する。私はここにいる。けれど、私は死ぬことの恐ろしさ、寂しさ、切なさを知っている。

ふと久々知の顔が浮かんだ。笑っていた。日溜まりみたいに優しくて暖かい。指先を血が巡る。馬鹿みたいだ。きっと昔の私はそう笑う。久々知に会いたくなっただなんて、そんなこと思ってしまっただなんて。


自分で自分の気持ちが分からない。そんな馬鹿なことあるもんかと思っていたけれど、今なら自信をもってその言葉に頷ける。好きなら好きでいい、けれどそれじゃどうしても納得できない。だから私はこの気持ちに名前を付けられない。



好きなんて言葉じゃ足りなくなる。
恋と呼ばない
愛と呼ばない


何て呼ぶべきか私には分からない



雨夜の月




雨夜の月
(存在するのに見えないものの意)


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