人の溢れ返る人混みを抜けて、久々知が私の前を歩いていく。人混みが苦手なことを知っているかのように、久々知は人混みを避けていく。交わした話は本当に他愛もなくて、学校だとかこの間のテストだとか、そんなこと。大して話が上手いわけでもない私なのに、いちいち久々知は真剣に聞いてくれる。こういうとこは根が真面目だな、って思う。

もしも、の話である。
もしも久々知が初めからあんなにぶっ飛んでなくて、ただ少しずつこうして久々知を知っていくことができたなら、私はもう少し久々知を素直に受け入れられたのだろうか。自分でも時々思う。こんなにも好意を向けてくれる相手に対して、もしかしたら私はとても酷いことをしてるのかもしれない。その好意が最初から最後まで本当なのだとしたら。
"大嫌い"だと言った私は、何て最低な奴なんだろう。

「リョウ、この映画絶対好きだと思う」

「……実は見たかったやつ」

「やっぱり、じゃあ行こう」

そう言って一緒に歩く久々知は本当にどっからどう見ても完璧で、本当は私なんかが隣を歩いていいのかいつだって迷う。本当はこの映画だってずっと見たいと思ってたやつで、さっき寄ってくれたお店だって私の好きそうなところだ。

最初、無条件の好意が私には不安だった。だって私は何も返していない。それどころか傷付けてばかりいるはずだ。それなのに、久々知はこうして私と一緒にいて嫌な顔1つしない。私はあんなに嫌がっていたのに。私がされたら絶対に傷付くことばかりなのに。

何で、そんなに久々知は優しいの。

「映画、楽しくなかった?」

不安そうに瞳を瞬かせる久々知。ああほら私はまたそんな顔をさせてしまっている。素直になんか今更なれなくて、私は何度も自分で自分を情けなく思う。

もしも、一番初めが違ったら、今私達はどこで何をしてるのだろう。久々知は私じゃない人を好きだと言ってるかもしれない。それで私もきっと久々知なんか名前だけ知ってるだけの赤の他人になってる筈だ。

それは、少し寂しいかもしれない。今の私ならきっとそう思う。久々知の悪いとこだけじゃなくていいところも知ってしまったから。

「すごく、楽しかった…連れてきてくれて…その、ありがとう」

だんだんと小さくなる声で告げた私の本心。何だろうかむず痒くて仕方ない。目を泳がせてしまう。む、無理!自分のキャラじゃないことなんかするもんじゃない。言った後で赤面するくらいなら言わなきゃよかった。そんでもって何か言いやがれ久々知め。そう恨みがましく久々知を見上げるが、その表情に私は赤面していたのも吹っ飛ぶくらい驚かされた。

「…よかった」

久々知が嬉しくて嬉しくて堪らないとでも言いたげな笑顔を浮かべていた。反則だ。それは狡い。そんな見たこともないくらいに嬉しそうな表情。どうしたらいいか分からなくなる。

久々知に出会って、私の日常は変わった。私を好きだと言う言葉が信じられなくて、自分でもびっくりするぐらいに冷たく接して。それでもめげなかった久々知に呆れながらも何となく絆されてしまって。久々知が震えながら私を抱き締めたことだってあった。そんな呆気なく私がいなくなるわけがないのに、久々知は私がいなくなることに大層怯えて。本当に、わけの分からない奴だ。

「久々知って、」

「ん?」

「思ってたよりいい男だよね」

「!」

赤面させられた仕返しにそう笑って言ってやれば、今度は久々知が真っ赤になる。イケメンの赤面なんかそうそう見られるものじゃない。貴重だ。

「リョウ、やっと俺のこと好きになった!?」

「それとこれとは話が別だ」

「だって!」

「だってじゃない!あんたはいい友達だって言ってんの!」

「と、友達…」

しゅんと落ち込んだ久々知に、ああまた私やっちゃったと罪悪感が生まれるが、久々知を異性という視点で好きか嫌いかと言われたらまた微妙なのだ。だから、友達。他人より近くて恋人より遠い、ある意味で一番グレーゾーン。狡くて臆病な私を許して欲しい。自分で自分のことすら分からないままだから。もう少し時間が欲しい。見極めるなんて偉そうなこと言わない。ただもう少し信じていたいだけだ。久々知の気持ちを。

「友達、か…いいよ友達でも」

「うん」

「リョウの傍にいれるなら何でもいい」

そうやって言う久々知が本当はどこか寂しそうなことを、私は気付いている。けれどそれに気付かないフリをしてみせる私は、多分きっと最低な女だ。

ごめん、久々知。

心の中で呟く謝罪は、私の心の中に小さく黒い染みを作る。モヤモヤした。白黒はっきりしないのが嫌いだったのは私自身だ。ごめん久々知、久々知の優しさに甘えてごめん。好きだと言わせてばかりで、ごめん。答えられなくて、ごめん。

別にビジネスじゃないのだから、ギブアンドテイクである必要はない。けれど、私は与えられるばかりの好意はきっと苦しくなる。同じくらいに返さなきゃいけないと思ってしまう。多分、まだ私は同じくらいになんて返せない。だから、今はまだもう少し、このままでいさせて。


「また、どっか行こうよ久々知」

「………っ!行く!」

「今度は久々知の行きたいとこね」



この感情の名前




友愛、それとも。






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