「佐々木、ゲームをしない?」

唐突に尾浜がそう告げた。にこりと笑う彼のその手にはトランプ。はて何で私を誘うのか。そんな尾浜の横にはこちらをチラチラ見やる久々知の姿。何か嫌な予感。

「……遠慮しとく」

「え〜俺と兵助だけじゃババ抜きできないよ〜」

「竹谷とか鉢屋とか不破とかいるでしょ」

「みんな用事、お願い佐々木!」

「何でそんなにババ抜きやりたいの?」

「だって面白いじゃん?ババ抜き」

パラパラと尾浜の手の中でトランプが舞う。確かにババ抜きは面白いけど。この2人とってのが嫌だ。眉間を寄せた私に尾浜はくすりと微笑んだ。

「なに、佐々木はそんなに弱いんだ?」

「別に…そこまで弱くないけど」

「じゃあ、一番の人がビリに何でもお願いできるってのはどう?」

突然上げられた提案に、私も久々知もぽかんとする。なんだその王様ゲームは。っていうかビリにでもなったら堪ったもんじゃない。やはり遠慮しておくべき。

「やっぱりやめとく」

「もし俺が一番に上がったら、兵助にあんまり佐々木に構わないようにお願いしてもいいよ?」

「か…勘ちゃんんんん?!!」

「それ…本当尾浜…?」

「ホントホント」

「リョウ、勘ちゃ…ううう」

尾浜の横で久々知が顔を覆って泣いてるけど、徹底無視の姿勢である。なんて魅惑的なのだろう。というかコイツ友人をネタに上げるってどんだけトランプやりたいんだろう。多分悪魔に魂売る程度には酷い奴だ。

でもそれなら、尾浜か私が一位になればいいことだ。確率は高い。平穏な日々への魅惑的なお誘い。フッと笑みを浮かべた。

「その勝負、乗った!!!」

「一名様ごあんなーい!」

その後、私は自分の愚かさと浅はかさを全力で後悔する羽目になるのだが、そんなことに気付きもしない私は意気揚々とトランプを手に取った。





「リョウ!」

雑踏の中をよく通るその声が私を呼んだ。ぼんやりと待ち合わせ場所へ向かっていた私は、声の主が手を振りながらこちらへ駆け寄って来るのを目にすると何となく現実味が湧かなくて視線を逸らした。イケメンは私服もイケメンである。そして何でこんなことなったのか。犬もとい久々知兵助が目の前にいる。そして今日は休日。それもこれも尾浜の野郎の仕組んだことだった。


あの日、尾浜の甘い誘いに負けてババ抜きに参加した私は、見事にビリという予想もしない事態に陥った。ババ抜き、ポーカーフェイスな尾浜と無表情な久々知。あの2人の強さを分かってなかった私はまずそこでしくじった。そしてもう1つの誤算、

「俺は、兵助がビリで俺が一位だったら佐々木の言うとおりにしたけど、佐々木がビリで俺が一位だった時のことまでは約束してないよ」

そうなのだ。あの時尾浜は『もし俺が一番に上がったら、兵助にあんまり佐々木に構わないようにお願いしてもいいよ?』と言った。それは前提として久々知がビリでなければいけないということであり、私がビリなら全くの無効である。あんの狸やりやがった。しかしそれもこれも私自身がバカだったのだ。悪魔に魂売り渡した男、尾浜勘右衛門は満面の笑みでこう言い渡した。


『次の日曜日、佐々木は兵助とデートすること』


あ、佐々木にその日用事がないことももう情報収集済みだから!拒否権はないよ!と天使のような悪魔の笑みを浮かべる。最近私の用事を訪ねてきた友人がいたが、彼女も悪魔に魂と友人を売り渡していたらしい。最早為す術もなくして私はガクリとその場へ膝を付いた。久々知の「勘ちゃあああん!!」「頑張ってこいよ兵助〜」「俺、頑張る…!この恩は一生忘れない!」「あっはっは、是非そうしてくれ」のやり取りをBGMに心の中で全力でエロイムエッサイムを唱えたのに、悪魔は降臨しなかった。どうやら悪魔は多忙らしい。どっかの誰かのせいだ。それにすっぽかすという手もまだ残されている。そうだ、乗ったフリしてすっぽかせばいいんだ。名案だとばかりに頭を閃かせた私も今考えると相当非人道的だけど。仕方ないと思う。そんな希望すら打ち砕くように尾浜の皮を被った悪魔は言った。

「言っとくけど、すっぽかすとかそんなことしたらどうなるか分かってるよね」

「やだなぁ勘ちゃん、リョウがそんなヒドいことするわけないだろー」

「いやぁ、分かんないよ?ねぇ佐々木」

「あ…あはははは」

すみません全力ですっぽかす気満々でした。冷や汗がダラダラ流れた。尾浜、恐ろしい子である。そんな尾浜を味方に付けた久々知。最早無敵だ。逃げ道すらも塞がれてしまった私は、再びうなだれる羽目になった。

――――というわけで、

「リョウはやっぱりちゃんと来てくれた」

「ま…まぁね」

君の友人に脅されたんですよ、とは嬉しそうな久々知には何となく言えない。っていうか初めての私服久々知である。学校の女子が見たら発狂するに違いない。そんなイケメンの隣を今日一日歩かされる石ころ代表、佐々木リョウ。これ何て拷問。とりあえずこんな人が多いところ、さっさと逃げるに限る。誰かに見られたら堪ったもんじゃない。早足で歩き始めた私を追って、久々知が隣に並ぶ。にこりと綺麗な笑みを浮かべながら久々知が言った。

「私服も可愛い、好き」

ぱくぱくと言葉が紡げなくなる。顔が熱い。そりゃこんなイケメンの隣を歩かされるんだから、多少は何を着るか迷ったが、そんな自分ですら今はぶん殴ってやりたいほどに恥ずかしい。ああもう恥ずかしい、なかったことにして欲しい。

この状況、少女漫画か。





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