※「プリズム」善法寺伊作視点



美しい人が降ってきた。

空からか未来からか、僕には分からないけどどこかここでない世界から。天女様と学園で噂の彼女、天城鈴さんは保健室で現在は療養中。一応怪しい動きがないかってことで常に保健委員が監視という名目の下、彼女に張り付いてはいるけど僕らにとっては役得ってもんだ。こうして一緒にお茶を飲めるってだけでも、幸せな気分になれる。

そんなある昼下がりのことだ、くのいち教室6年の 佐々木リョウが鉢屋を伴って訪ねてきたのは。

普通、ただ訪ねてきただけで僕はこんなに動揺しない。だって今までも何人もの忍たまが彼女を訪ねてやってきているのだから。ただ、リョウ…彼女が訪ねて来たときだけは心底驚いた。彼女はくのいち上級生の中でもなかなか優秀で、『氷の女王』の異名を持つ彼女の友人ほどとまではいかないけれど、くのいち達の憧れであり理想のくのいちなのである。彼女達を動かすのは自分達にとって有益かそうでないかという事象のみ。甘さも情けも一切が通用しない。巧みな話術と色を使って自分の都合の良いように物事を操る。つまり忍たまにとっては十分に気を付けなければマズイ相手ということである。

そんな彼女が、この保健室へやってきた。


もうどういうことか分かるだろう。絶対に何か企んでいるんだ。

「 リョウ?何か企んでいる…?」

「いいや何にも?何言ってるんだろうね善法寺は」

そうだね何言ってるんだろう僕、聞かなくたって分かってたことじゃないか。あんな笑顔のリョウ見たことがないもの…!!何か企んでいるに決まってるだろう!

そんなリョウは鉢屋へ挨拶しろと促している。そもそも鉢屋と一緒ってことがおかしい。いつも逃げ回ってるのに、今日は大人しく2人で行動してるなんて、雨じゃなくて矢が降りそうだ。そんな鉢屋はと言えば、鈴さんを見つめたままぽかんとしてる。分かる分かるその気持ち。思わず本当に人間だろうかと疑いたくなる美しさだもの。誰もが通る道だね、分かる分かる。そんな鈴さんに見とれる鉢屋を見て、リョウが心底嬉しそうな顔をしていた。今日1日で僕は一体いくつリョウの初めての表情を見ることができるのだろう。珍しいことこの上ない。あんなに大喜びの顔は初めて見たのかもしれない。故に怖い。本当に何企んでるんだろう。そんな彼女の後ろで、いつの間にやら紺色の制服が忍び寄っていた。口元にしーっと人差し指を立てて彼女の耳元へ唇を寄せる。途端に耳を押さえて大慌てでリョウが振り返った。ひわぁだって…リョウでも驚くことがあるんだ。ちょっと可愛いとか言うと痛い目見そうだからやめておこう。

「お、お前ら…なんでここに、いや来てもいいんだけど何でこのタイミング…!」

「三郎探してたら先輩と保健室に向かったって聞いて、追いかけてきました」

「三郎と二人っきりとかずるいだろー」

相変わらず五年生はリョウが好きだなぁ…ここまであからさまにベッタリだといっそ清々しいというか何というか。いつからかきっかけは知らないけど、くのいち二大双璧であるリョウの周りを彼らが出没し始めたのは、最近のことではない。リョウは前述の通り自分にとって不要だと判断したら容赦なく切り捨てるから、彼らは相当邪険にされてるはずなのだけれど、それでも見ての通りめげてない。最近ではリョウもほぼ諦めの境地に至っている。

「天城さん、こいつら五年の忍たまです。どうぞ仲良してやってください是非!」

「は、はぁ…」

必死の形相で鈴さんに五年生達を紹介するリョウに鈴さんは若干たじたじになっている。そんなリョウの姿に目を白黒させた乱太郎がこそりと耳打った。

「…伊作先輩、リョウ先輩ってこういう感じでしたっけ……?」

「あはは…ホントどうしたんだろうね。困ったな思い当たる薬がないや」

遠い目をした僕とそれ以上何も言えなくなったらしい後輩達は怪訝そうにリョウと鈴さんのやり取りを見ている。にこりと微笑んで挨拶した鈴さんに鉢屋同じく固まる他4人。さすがの五年生も鈴さんのような美人には弱いらしい。そんな彼らの後ろで、またもやリョウが大きく頷いてる。親指まで立てて、一体何をそんなに喜んでいるんだろう。僕の中のリョウがイマイチ掴めなくなってきた。本当の彼女はどれなんだろうか。何考えてるか分からないってのは共通なんだけど。頭を悩ませていると、そのうちリョウが立ち上がった。そんな彼女を寂しそうに鈴さんが目で追う。まぁ学園は女性が少ないから分からないでもない反応だけど、これだけは言える。鈴さん、彼女だけはやめておいた方がいい。

「天城さん、これからよろしくお願いします」

にこりと僕が未だかつて見たこともないような笑顔で微笑んでみせた彼女。男の本能に訴えかける微笑みは間違いなく色の授業くらいでしか見せることはないのだろう。猫のようにするりと保健室を出ていく後ろ姿をぼんやりと眺めていれば、隣で鈴さんが感服したかのように溜め息を吐いていた。

「はぁ〜…すごいねぇ、くのいちって…」

「本当ですね、くのいちは恐ろしいです」

「?恐ろしいの?」

そうくのいちは恐ろしい。男の理性を崩すような微笑みと甘い言葉で罠を仕掛け、捕まりでもしたらそう簡単には抜けられない。地獄で極楽の夢を見せるようなものだ。

「それにしても、ねぇ三郎?」

「あー…参ったな雷蔵」

「リョウ先輩、やけに生き生きしてると思えば、これを狙ってたんだな」

「ったく、ホント生粋の“くのいち”だぜあの人」

「利用できるものは何だって利用する、ってことだね」

「???」

五年達が参った参った言いながら話している内容に、何故かちらりと仮定が生まれる。そして極めつけは珍しいくらいに表情豊かなリョウの姿。だって本当に珍しいんだ、滅多なことじゃ眉一つ動かさないし、課題や実習以外じゃあんなに綺麗に笑わないし。

「なんだってこんなことするんだろ…」

「私たちのためだって言うぞあの人」

「そうだな」

「そうだね」

「っかー!分かってないぜ、リョウ」

「伊作君…何の話かな…」

「あーそういうことね……うん、天城さんは知らない方がいいと思うんだ僕」

「え?え?」

やはりそういうことか彼女が嬉しそうだったのは。本当にどこまでも彼女はくのいちだ。使えるものは例えそれが天女様だろうと使う。つまりはこの五年生達の関心を自分からよそへ向けるためだということか。ああ、リョウ…君は本当に将来末恐ろしいくのいちになるんだろうね、敵にならないことを祈るよ。


ただ、1つだけ優秀な君でも勘違いをしていたようだね。

五年生達、なんだか余計に燃え上がったみたいだけど、これ僕無関係でいいよね。そして頼むから何も知らない鈴さん巻き込まないでね。純粋な彼女の瞳を何故か僕は見ることができなかった



ホログラム

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -