「ったく…何で私が…」

「まぁまぁ、いいじゃないか」

あれからなかなか離れない鉢屋に折れ、仕方なく鉢屋を連れて天女様が療養中の保健室へ向かうことになった。なにせ今回の作戦は鉢屋達が天女サマに会わないことには始まりもしないのだ。ああ面倒くさい。面倒くさいが仕方が無い。途中ですれ違った立花に珍しいなと言われるが、理由は聞いてくれるなとうんざりしながら返しておいた。

「入るよ」

がらりと扉を開いて中へ入れば、伊作や保健委員の面々がのんびりとお茶を飲んで談笑していた。その中心には、あの日見た美しい天女サマの姿。口元に手を当てて柔らかく笑う彼女のなんと美しいことか。彼女の隣で善法寺がこれまたデレデレと頬を緩めていた。

お前…忍たまとしてそれでいいのか…ようやく私に気付いたらしい善法寺は、デレデレな表情を瞬く間に驚きの色に染めた。

「え!?リョウ!?え!め、珍しいね!どういう風の吹き回し!?」

「揃いも揃ってお前らそればっかだね、理由は聞かないで」

立花と似たような質問を繰り返した善法寺にぴしゃりとそう返しつつ、布団の上に座る天女サマに視線を移した。初めて見る顔に戸惑っているのだろう、キョトンとした顔でこちらを見上げていた。くすり、と口元に笑みを刻んで彼女に頭を下げた。

「あぁ、すみません突然。六年くのいち教室の佐々木リョウです」

「あ、はい…天城鈴です、えーと…」

「大丈夫、噂はもう聞いているから」

そう告げれば、ホッと安堵したように微笑む天女サマもとい鈴さん。恐らく尋ねてくる連中一人一人が同じことを尋ねていたのだろう。人間は心理的に初対面で一番印象に残るのは一番初めと最後。故に、最初と最後が肝心、私の勝負時である。私がにこにこと微笑む裏側でそんなこと考えてるだなんてこの天女サマは考えているのだろうか。もしも彼女が本当にただの一般人だとしたら、恐らく見抜けもしないだろうが。まぁそれは時間が経てば解決するだろう。「よろしくね」と首を傾いだ天女サマは思ったとおり、美しい瞳に美しい声、完璧である。その隣で、青白い顔色の善法寺がぞわわと背筋を凍らしていた。

「リョウ……?何か企んでる…?」

「いいや何にも?何言ってるんだろうね善法寺は」

にこにこ笑ってそう返せば、善法寺の隣に座った下級生がぽかんと目を丸くしていた。まぁ、それもそのはず。何せこんなに愛想よくすることなんて今まで無かったからね。今日だけ特別出血大サービスだ。つまり形振りかまっていられない、ということ。

「さて、鉢屋。お前も挨拶しなさい」

隣の鉢屋を小突けば、間の抜けた顔で鈴さんを見つめていた。反応が薄い。これはもしかするともしかするかもしれない。まるで狐にでも抓まれたんじゃないかって表情を浮かべた鉢屋は、実に珍しい。思わずにんまりしそうになるのを必死に手で抑える。今ここでにんまりなんて笑ったら勘のいいこいつのことだ、すぐに気付いてしまう。落ち着け落ち着け。そんな鉢屋の凝視に気づいた鈴さんはパチパチと瞬いた後、にこりと微笑んでみせる。落ちるか落ちないかの男に駄目押しの一手…天女サマあんた完璧だ。実に良い仕事している。今の微笑なんて満点を付けるよ私。手で口を抑えたまま大きく頷けば、鈴さんは何が嬉しいのかえへへ、と照れ笑いを浮かべていた。



「先輩なに楽しそうな顔してるの?」

「ひわぁ!」

油断していた。吐息を含ませながら、低い囁きが耳元で響く。くのいちにあるまじき奇声を上げながら飛び上がった。実は私、こう見えて耳が弱点でもある。ぞわぞわする背筋を宥めつつ振り返れば、そこには尾浜と久々知と不破と竹谷…つまり、例の五年生集団だ。揃いも揃って何やってんだお前ら。尾浜は私の反応がそんなに嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべていた。むかつく。

「お、お前ら…なんでここに、いや来てもいいんだけど何でこのタイミング…!」

「三郎探してたら先輩と保健室に向かったって聞いて、追いかけてきました」

「三郎と二人っきりとかずるいだろー」

どやどやと入ってくるなり尾浜は私を後ろから羽交い絞めにして引っ付くわ、それを久々知はぎゃーぎゃー言いながら引き剥がそうとしてるわ、喧嘩は駄目だよーとかにこにこ笑いながら不破はちゃっかり隣に座ってるわ、その反対側を竹谷が陣取ってるわ…本当にうっとおしい…。まぁいい、これはもしか
したら好都合かもしれない。一人一人私が保健室まで連行して彼女に紹介までするなんて面倒くさいことしなくていいのだ。一気に片が付く。よし、そうと決まれば善は急げ。是非みんな鉢屋のように虜になってくれ。

「天城さん、こいつら五年の忍たまです。どうぞ仲良くしてやってください是非!」

「は、はぁ…」


「……伊作先輩、リョウ先輩ってこういう感じの人でしたっけ…?」

「あはは…ホントどうしたんだろうね。困ったな思い当たる薬がないや」

保健委員の乱太郎と善法寺の会話を他所に、鈴さんの前に五年達を一列に座らせると、全員一様に体を強張らせていた。さっきの鉢屋と同じ反応だ。友人に『天女サマ見て下半身にこない男は不能』とか何とか言った私の言い分は間違いじゃなかった。そしてお前らは男だ、間違いなく。よかったなお前ら。そんな鈴さんは再び困惑 しながらも、「よろしくね…!」とはにかんでいた。天女サマが微笑んだ瞬間、息を呑む音が傍らから聞こえる。まさかこんなに上手くいくなんて。思わず鈴さんに向かって親指を立ててしまった。グッジョブ、いい仕事してるよあんた。みんなの視線が天女サマに向かってるだけで、本当にここへ来た甲斐があった。ありがとう天女サマ!本当に私、今心からお礼を言える気がするよ。ありがとう!こいつらしつこいけどまぁ悪い奴じゃないから!よろしく!後は任せた!

「さぁて、私シナ先生に呼ばれてるからちょっと行ってくるかな」

徐に立ち上がる私。同時に天女サマの瞳もこちらを向く。あなたには感謝をしてもしきれない、本当にありがとう。

「天城さん…これから(こいつらのこと)よろしくお願いしますね」

ニコリと私がいつも色の授業で微笑むかのように目を細めれば、天城さんは目をパチパチと見開いた後、

「は…はい……!」

とコクコク何度も頷いた。本当に鈴の鳴るような声だこと。私も今日からまた自分磨きを頑張らなくては。そう奮起しながらするりと保健室を出て行く。あいつら五年生は追ってこない。保健室の扉を閉めて一拍、思わずガッツポーズをしてしまった。そこを通りがかった食満に見られた。何化物見たような表情してんだ。

「な…何か仕掛けたのか……?!」

「作法じゃあるまいし、むやみやたらに罠にはかけんよ」

失礼な奴、ああでも気分がいい。許してやるよ、食満留三郎!



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