「だからリョウに忠告してあげたのに」

「あれは絶対忠告とは言わない」

くすりと笑みを零す隣の友人に、薄情者と唇を尖らせながら渋い顔をしてみせる。が、そんなの彼女には何処吹く風だ。もう少し興味関心を持ってくれたっていいじゃないかとつくづく思ってしまう。

天城鈴、彼女を利用した私の企てはものの見事に崩れ去り、以前と何ら変わらない日々が再び訪れた。彼ら曰く『お休み期間』により、私の筋書きは一見大成功を修めたかのように思われた。しかし人生とは本当に上手くいかないことばかりだ。私はまだ諦めてはいない。もう少し私が手を加えていれば芽生えるはずだった何かもあるかもしれないのだ。彼女を役立たずだと切り捨てるには恐らくまだ早い。そう信じたい。

「意外に諦め悪いのね」

氷の女王はそう囁く。そんな彼女の横顔へ一瞬視線を奔らせながら、前方を睨み付けて吐き捨てるように返した。

「まぁね…っと!」

足元の枝を思い切りしならせ、木々の合間を駆け抜ける。苦無や罠を弾き返した。私も友人も普通に会話してるけど、実は現在実技授業の真っ最中である。手段は選ばずの鬼事。六年にもなるとくのいち同士と言えど、それなりに仕掛けもえげつなくなってくる。一息付こうと立ち止まれば、すぐに降り注ぐ苦無の雨。鬼の方も容赦が無い。体力を根こそぎ奪おうという算段か。今日はまだ氷の女王が逃げる側だからいいけども、これが鬼だった時なんか最早地獄だ。以前の終わりの鐘が鳴り響いたときの喜びったらなかった。

互いに目配せをしつつ、苦無の飛んできた方角へ同じように苦無を打つ。キンと乾いた金属の音がして気配が動いた。すかさず口布を引き上げ、風上に飛ぶ。一瞬の破裂音の後に空気中に粉塵が舞った。氷の女王様お手製の痺れ粉入りの火薬だ。出来る限り息を殺す。やがてどさりと木から同級生が転がり落ちてきた。苦しげに地面に蹲りもがいている。一応彼女も同級なのだが、やはり氷の女王は容赦が無い。頬に手を添えながら、分析するように氷の女王は地面に蹲る同級生を見下ろす。

「…この薬だと効果が強すぎて、自白の時には使えないわね」

「こんなとこで威力を試すな」

哀れな同級生には後で薬を持って行ってやろうと思う。





冷水に手を差し入れ、バシャリと顔に浴びせる。冷えた感覚が火照った肌には気持ちが良い。実技授業の汗を流し、手拭いに顔を埋める。ああサッパリした。顔は。

「………暑い、離れろ久々知」

「絶対嫌です」

後ろからガッチリ私の腰へ抱きついているこの男、久々知兵助。へばり付くように密着されてるせいで暑苦しい。だから嫌なんだ、ガクリと首を項垂れさせる。

「だって、やっとリョウ先輩に触れる」

「いかがわしい事言うな」

「今までお預け喰らってたんです!」

「知るか…っつーの!」

「っぃだ!!」

項垂れさせていた首をそのまま、思い切り後方へ引き上げる。ガツンと鈍い音と共に後頭部にぶつかる衝撃。緩んだ腕の隙を突いてするりと抜け出せば、顔を押さえてうずくまる久々知の姿があった。ざまあみろ。

「…リョウ先輩、痛い」

「痛くしたんだから当たり前だろう」

長い睫が縁取る瞳に涙を浮かべながら上目遣いなぞされれば普通は罪悪感が胸をヒシヒシと締めるだろうが、そんなもの見せてやったが最後である。それにしてもこんなとこでそんな"色"を使わなくていいから、天城さんなり町娘なり引っ掛けてくればいいものを。宝の持ち腐れとはこういう奴のことを言うに違いない。

「あ、兵助いたいた〜」

「……げ、」

頭上から降ってきた声に屋根の上を振り仰げば、そこには第二の宿敵尾浜勘右衛門がへらっとした笑顔を浮かべながら立っていた。こいつが出てくると面倒だから嫌だ。

「げってひどいな〜、リョウ先輩」

「何でそうお前らは増えるんだ、1人でも面倒だってのに」

「えー、リョウ先輩がいるからだよきっと〜」

ケラケラと朗らかに笑う姿は年相応だと言うのに、こいつの腹の内は狸爺共なんかよりもよっぽど腹黒い。

「それにしてもリョウ先輩、もう天女サマを使った作戦とやらは終わったの?」

「……………」

「リョウ先輩でも失敗することがあるんだね、俺達のことちょっと甘く見てたんじゃない?」

チクチクと痛いとこを突いてくる尾浜にイライラさせられるが、落ち着け。これが怒車の術だったら相手の思う壺。確かに今回は失敗に終わったが、私はまだ諦めていない。男という生き物の欲をど真ん中で突くような全てを持っている彼女に、こいつらだって落ちない筈がないのだ。ただ少しばかり過信していた。恐らく私が思っている以上に、こいつらは天城鈴に接触していない。私の目を欺くためにどうやら近付いたりはしていたようだが、それでは足りない。

だったら、私が彼女とこいつらをもっと近付かせるだけだ。そして、それが私に足りなかった点。六年共がまた騒ぐだろうが、勝手にすればいい。使えるものは何だって使う。それが例え自分自身の身であろうとも。

「今回のことで私も反省したよ、人の心ってのはそう簡単にはいかないな」

「あれ珍しく殊勝な言葉」

「お前らがそんっなに私を慕ってくれてるなんて思いも寄らなかったんだ。あの美しい人よりも」

「か、勘ちゃんんん!!ようやく俺の気持ちが先輩に伝わった!大好きです!」

「落ち着いて兵助」

ガクガクと尾浜の襟首を揺さぶりながら瞳を輝かせる久々知を窘めつつ、尾浜がこちらへ薄ら笑いを向ける。挑発的な。こいつはやっぱり一筋縄にはいかない。

「リョウ先輩、やっぱり性格歪んでるね!そこが良いんだけどさ」

「…お前ら同様、私も諦めが悪いってことだよ」

「何があるか楽しみにしてるよ」

「首洗って待ってろ」

「え?勘ちゃんとリョウ先輩、決闘でもするのか?」

「兵助ってばもう。この先先輩のことずっと好きでいられたら抱かれてもいいわよって約束してくれたのに」

「おい、私がいつそんなこと言った」

「…ダメ!絶対ダメ!絶対俺が一番リョウ先輩のこと好きなんだ!」

「分かった分かった、じゃあ兵助が一番始めで二戦目は俺。これでいい?」

「よしきた」

「よしきたじゃない馬鹿野郎」

誰が抱かれてやるか。お前ら如きに手込めにされる私ではない。これは本当に気合いを入れなければならない。私なんかを慕うだなんて馬鹿じゃないのか。甘い夢なんか見させるものか。



傍観者の憂鬱



ただ、やっぱり面倒臭いものは面倒臭い。




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