「…氷の女王があんなこと言うからだ」

心の内をぶつけるように的へ向けて苦無を打つ。軽い音を立てて突き刺さるそれを見つめながら何とも言えない気持ちに溜め息が零れる。

「…私もまだまだ未熟だなぁ…」

平和な日常に浸かりすぎたか、そろそろ気を引き締めていかなくてはいけない。ざぁっと木々がざわめいて首筋を薄ら寒い風が撫でた。そろそろ日も傾きだすだろう。頃合いにして戻ろうか。苦無を回収してきびすを返す。



「リョウにしては珍しい言葉だな」



強い風が吹いたその瞬間だった。いつもの、そうあのいつもの気配を感じ取る。それと同時に聞きなれた声がどこかから降ってきた。背後で、すたん!と複数人が着地する音がする。私の首はぎぎぎと錆びたからくりのようにゆっくり背後を振り返った。ああもう、頭を抱えたくなった。

「……何か用か、お前ら…」

「何って、リョウ先輩に感想聞こうと思って」

「感想…?何のことだ尾浜」

「リョウ先輩、どうしても僕たちの興味を鈴さんに向けたかったみたいだから、ここ数日先輩にお休みをあげてたんです」

ニコリと笑いながら人差し指を立てる不破の言葉に思わず目が点になる。聞き間違いだと誰か言ってくれないか。唖然とする私の口から無意識に言葉が転がり落ちた。

「…お休みだと?」

「リョウがまさか天女サマまで使ってくるとは思わなかったが、まぁ一人でのんびりすんのも大事だよなーって俺らで話し合って」

「しばらく先輩から離れてみました、本当は俺は嫌だったんですけども」

竹谷と久々知の言葉に思わず私の口がぱくぱくと開閉する。待って待って待って、え?意味がわからない、どういうことだ?こいつらみんな天女サマに靡いたんじゃなかったのか?え、なに勘違い?お休み期間?

「そして極めつけ、私達から先輩へ『いつもお疲れ様、これからもよろしく』びっくりな贈り物企画」

すとん、と鉢屋の声が背後からして、肩をガッっと掴まれたかと思えばぐるりと反転させられる。そこにいた人物に、私は目をこれでもかというくらいにかっ開いた。

「お、お前ーーーー!!!!???」

「欲張りなお嬢さん、いつかの紅は気に入っていただけましたかな?」

いつか街へ出掛けた際に紅を二つも買ってくれた初老の男が、にっこりとあの顔のまま微笑む。戦慄いた私を面白そうに見遣った後、べりり!と目の前の男の顔が剥がされ、下から覗いた顔に全力で脱力した。

「お前か、鉢屋…」

「ははは、さすがのリョウもまだまだ変装は見抜けないようだな」

「よくも…っ」

「まぁまぁ、見立ては間違いないしどちらもリョウによく似合っているぞ」

ぐぬぬと拳を握り締める。やり場の無いこの怒り、どうしてくれようか。

「お前ら…、浮かれる私を面白おかしく見てやがったな…!」

「とんでもない、随分嬉しそうだと微笑ましく思ってただけです」

「大変だったんだぜ〜、兵助が我慢できねぇの何の」

「先輩が見えるのに話もできないって、本当にきつかった」

「楽しんでもらえました?リョウ先輩」

ぎゅっと左手を久々知に捕らえられ、するりと右腕に不破が引っ付く。つんと髪を引かれる感触を感じれば、尾浜がにこりと髪を引っ張っており、竹谷ががばっと首に後ろから抱きつく。そして、目の前で笑ってるのは鉢屋。なんだこの子泣き爺状態。

「リョウ、残念ながら私たちは天女サマよりリョウが好きなんだ」

「…………」

「諦めて、明日からもしっかり私たちの相手をしてくれよ」

ああ、まるで死刑宣告。がくりと肩を落とした私に、奴らは揃いも揃って笑い始める。ああったく、笑い事じゃない…ならばあの天女は全くの役立たずじゃないか。私にとって使えるもの、使えないもの、存在価値は彼女が『使えた』場合のみ。このままじゃ無駄骨もいいとこ。何故あの美しい天女に誰も落ちない靡かない。分からないことが多すぎて頭の中で処理がしきれない。自信が音を立てガラガラ崩れる音がする。私の今までを無駄だったなんて、誰にも言わせるものか。

諦めが悪いなんて、今更なんだ。まだ何か手はあるはずだ。ただ少し、少しだけ浮かれて手を加えなさすぎただけ。友人の言葉が蘇る。

『人生そんなに甘くない』

その通りだよ、私が甘く考えすぎてたんだ。こいつらの心を浅く考え過ぎてた。というかあいつ絶対こうなること分かってやがったな。

まだ諦められない、手段など選べない。面倒なんて言ってられない。

ただ、これで本当に彼女が役立たずだと判明したら、その時は誰ぞとくっつくなり出て行くなり殺されるなり攫われるなり、好きにすればいい。私に害を及ぼすものであると認識したらば、直ちに葬ってくれようあの女。私の今までを絶対に無駄になんてしない、させない。

ささやかな私の平和は、ガラリガラリと音を立てて崩れたのだった。



感情の海に溺れる




氷の女王へは、程遠い。






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