カーンと小気味のよい音が鳴り響き、本日の授業の終わりが告げられる。背筋をぐっと伸ばして、凝った肩を解す。ちらりと隣を見遣れば、正座もすらりと美しい氷の女王様がさっさと教材を積み重ねていた。長屋へ帰る気満々である。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花…しかしその心の中は薊か鳥兜か彼岸花。無意識にそんな彼女の流れるような動作を見つめていれば、チラリと咎めるような視線を送られた。

「……何か?」

「何でもないです…」

内心で思っていたことなんぞ知られたらどんな報復が待ち構えていることか。苦笑いをして誤魔化せば、あっそと素っ気無く視線を逸らされた。も、もう少し興味関心というものを向けてくれはしないのだろうか…まぁ、そんなことこの氷の女王様に言うだけ無駄だ。私も机に広がった教材をまとめにかかると、ふと真横の氷の女王が私へ問いかけた。

「…ところで計画は上手くいってる?」

「上々」

「そう、それはおめでとう」

淡々と言われる祝福のせいか、何だかありがたみを全く感じられない。相変わらず友人と呼ぶには冷たすぎる気がするが、彼女の性分は入学当初からこんななので今更諦めている。教科書の端を揃えながら、ここ最近の幸せを彼女へ語ってみせた。

「落ち着いて自分の時間を過ごせるなんて最高だ」

「良かったわね、それもこれも天女サマのお陰じゃない。感謝しなきゃ」

「ところで天城さんはくのいちの才があると思うんだが、氷の女王様的にはどう?」

「そうね、誑かすことにおいては優秀になれそう。ただもう少ししたたかに狡くならなきゃ無理ね」

「冷静な分析をありがとう」

皮肉るようにそう返す。真面目なやつめ。トンッとくのたまの友と書物の角を揃えて、友人は流れる動作で立ち上がる。さらりと艶やかな黒髪が視界の端に流れた。

「一つだけ、教えておいてあげる」

「ん?」

珍しく、そんな言葉を赤い唇が紡ぐ。ゆるりと細められた眦の奥で漆黒の瞳が私を射抜いた。思わずゴクリと固唾を飲む。これだから迫力美人って嫌だ。楽しげに口元が弧を描いていた。冷たい響きの氷の女王様の声が私へと突き刺さった。


「人生、そこまで甘くないわよ」





「兵助君!火薬ここでいいかなー?」

委員会活動に賑わう校内が眼下に広がる。駆け抜けた風が届けた声に視線を向ければ、焔硝蔵の入り口付近に小袖を纏った天城さんと紺色の装束が見えた。今日はどうやら火薬委員の手伝いをしているらしい。働き者だ。

「はい、あ…重いからいいですよ」

「大丈夫!これでも力付いたんだよ〜」

「鈴さん僕も手伝いますよー」

楽しげな下級生の声と彼女の声が重なり、そこには長閑な光景が広がっている。氷の女王様のお言葉に何故かヒヤリと冷水を浴びせられた気分になってこうして確かめに来てみたものの、仲睦まじい忍たまと天女サマの姿があるだけだ。楽しそうに笑う声、一体どこに問題があるというのか。

「……思い過ごし、か?」

ポツリと呟いて、何となくそれが一番しっくり来るような気がした。本当にややこしいことを言ってくれるもんだ。大丈夫、綻びはない。久々知も天城さんも不自然なところはない。だから、大丈夫。

「っ!」

言い聞かせたその瞬間。久々知がチラリとこちらに視線を向けた。気付いていたのか、何となくざわりと胸騒ぎがしてすぐさま視線を外してその場を離れた。



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