「リョウさん!留君に委員会で出来るだけ人手を借りて欲しいって言われたんですけど…もし良かったら手伝ってもらえませんか?」

自主練を終えてくのたま長屋への帰路の途中だった。パタパタ軽やかな足音が聞こえたと思えば、眉を八の字にした天城さんが駆け寄ってきた。留君…食満留三郎のことか。ということは用具委員会。食満も本当は天城さんと2人きりがいいだろうに、わざわざ人手探しを天城さんに頼むほど困り果ててるというわけか。何だか知らないが、その食満もまさか天城さんが私を連れてくるなんて思うまい。

「……私が行っても多分変な感じになるだけですよ?」

「(変な感じ?)大丈夫ですよ!だって伊作君も「リョウは凄い」って言ってましたもの!」

(性格が凄いの間違いじゃなくて?)

天城さんは言葉を素直に受け止める人らしい。またの名を単純。善法寺の心の声がまるで副音声かのように聞こえる。しかし私が手伝いなど、一体何の得があろうか。面倒だ。天城さんも私なんかじゃなくて、天城さんを私の魔の手(?)から守ろうとギンギン目を光らせてる潮江だとか七松に頼めばいいものを。そこまで考えて、ふと思い至った。そういえば他の委員会も活動をしているのか。

「私も、やっぱり力仕事だし男の子の方がいいとは思ったんだけど、留君が六年以外で頼むってお願いされて…」

若干読みを誤った。食満の馬鹿な意地が原因らしい。自分より下級生なら対抗しやすいとでも思ったのかあの男。

「だから、五年生の三郎君とかハチ君にお願いに行ったんだけど、見つけられなくて」

「……鉢屋に竹谷?」

ピクリと私の耳が反応する。最近はあまり耳にしていなかった名だ。そう仕向けたとも言うが、彼女の口から紡がれる彼らの名にはどことなく気安い雰囲気が漂っている。

「…?リョウさん、」

「ああごめんなさい」

頭の中を全力で回転させる。もっともっと彼らと彼女を近付ける。もっと強固に頑丈に。そのためには、

「天城さん、鉢屋は競合区域手前の大きな木、竹谷は飼育小屋の裏手の林にいるはずです。天城さんはあいつらを呼んできてください」

「え…?」

「人手が欲しいんでしょう?私は先に行って作業していますから、あいつらに声を掛けて下さい。胸の前でこう手を組んで、眉を八の字にしながら上目遣いで見上げてください、あなたならできます」

「え?え?こうですか?」

「そうです、完璧です。後はいつもの通りの天城さんで大丈夫ですので、お願いします」

「が…頑張るっ!」

両手を握り締めながら勢い勇んで駆けていく天城さんの背中にひらりと手を振る。ああ本当に彼女はくのいちの素質があるのに。どのくらいこの世の汚い部分を見れば、彼女の心は黒く染まるだろう。ろくでもない考えを吹き飛ばすような強い風が吹く。はいはい分かってますって。そんな大それたこと、我らが天女サマにしませんからお気になさらず。神サマ。





「………」

「ど、どうした」

「どうしたって、天城さんに手伝いに呼ばれたんだけど?」

食満先輩と共に板にトンカチを打ち付けていると、何やら食満先輩のいつもとは違う固い声が聞こえた。え?と振り返れば、そこにはくのいち教室の佐々木リョウ先輩が立っていた。

佐々木リョウ先輩は有名だった。

というか数少ないくのいち上級生は誰もが何かしらで有名だった。筆頭ならば五車の術殺しの氷の女王。そしてその友人の佐々木リョウ先輩はくのいち二大双璧なんて言われて、三年の俺ですら知っていた。泣かない笑わないの鉄面皮。滅多なことじゃ顔色ひとつ変えない。

そんな先輩の"色の術"を俺は一度見たことがある。まるで別人が乗り移ってるかのように表情豊かで艶やかなリョウ先輩に俺は開いた口が塞がらなかった。もしや本当に別人なんじゃないかと思い始めた時に、見事相手の男を誑かし終えたリョウ先輩はくるりと振り返りいつもの無表情で言った。

"…ちょろい"

間違いなくリョウ先輩だと、俺は全力で恐怖したものだった。

「リョウ、お前こないだ文次郎達と揉めただろ」

「…揉めたって言うのかあれは?」

「リョウが鈴さんに良からぬことを考えてるだの何だのかんだの騒いでたぞ」

「そう」

「そうって…伊作もリョウがどうのって言ってたけど「怖いから無理言えない」ってちっとも口割らねぇし…一体お前何考えてんだよ」

隣でトンカチを打ち付けながら、俺は食満先輩とリョウ先輩の会話に耳を傍立てていた。なんか今聞き捨てならない物騒な言葉が聞こえたような。気になって全く集中できねぇ。

「別に殺そうなんて物騒なことは考えちゃいない。今のところ。」

「…今のところ?」

「言ったら食満は協力してくれるか?まぁ邪魔にしかならんだろうからこの件については黙秘だ」

「……何だってそう刺々しいんだよ誰に対しても」

「さぁ?素がこれだから仕方ない」

「仕方ないってなぁ…」

呆れたような食満先輩の声が上がるが、ちらりと傍らを見やればリョウ先輩にはどこ吹く風だ。涼しい顔で桶の整備をしている。すげぇ、食満先輩にそんな態度取るなんざ俺には無理だ。不可能だ。早く天城さん来ないだろうか、この2人と同じ空間にいる俺の心が持たねえ。

「お前女としてそれでいいのか」

「食満は私の父親か何か?」

「誰が父親だ!六年を共にしたよしみで言ってんだろうが!」

「偶然同時期に入学して偶然どっちも六年間在園して偶然会話する間柄の間違いじゃない?」

「〜〜っ!この女は…!」

食満先輩の般若のような形相に俺は一心不乱に板に釘を打ち付けることで心を無にしようとした。リョウ先輩、マジで煽んのやめてくだせぇ。そして天城さん早く帰ってきてください頼んます。

「お前はくのいちとしては本当に優秀だが、人としては最低だな」

「お褒めの言葉ありがとう」

「褒めてねぇ!大体文次郎はともかく小平太まで煽るって何考えてんだ!」

「みんな何で私の時間を邪魔するんだってちょっと頭にきて」

「…はぁ?」

食満先輩の素っ頓狂な声が響いた。というか潮江先輩と七松先輩とリョウ先輩の間に一体何があったんだ。物騒な三人組だ。カァンカァンと乾いた釘を打ち付ける音が響く。ゴトリとリョウ先輩が整備した桶を連ねた。

「食満、偶然同時期に入学して偶然どっちも六年間在園して偶然会話するよしみだから言っておく」

「イヤミか」

「お前は浅慮だけども慈悲深い奴だ。どうせろくでなしの私のことを心配しての言葉だろうが、そんな気にするな」

「…はぁ?」

「私はただ自分の目的のためなら手段は選ばないというだけだよ。それが潮江や七松の反感を買ったんだとしてもこちらとて譲る気はない」

ちらりとリョウ先輩を盗み見れば、何食わぬ顔で淡々と桶を整備している。言ってることはとんでもないのに、表情はまるで今日の献立を口にしているようだ。俺は、ほんの少し怖くなった。

「やっと巡ってきた機会なんだ。私はそれを逃す気はないし、やめる気も更々ない。お前も天城さんが大切ならきちんと目を光らせておけよ、彼女が余計なことをしでかして逆鱗に触れないように」

「……あ、あぁ?」

「天城さんは競争率高いぞ、お前みたいに後輩がさっきからビクビクしてるのにも気付かない男が果たして手に入れられるもんかな」

突然振られた話題に俺は目を剥いた。びくりとトンカチを持つ手が固まってしまう。っていうかリョウ先輩気付いてたのかよ!パッと食満先輩が振り返った。その向こうでリョウ先輩がふっと仄かに微笑む。

「さて、私は私の仕事を終えたからもう帰る。あとはお待ちかねの天女サマが助っ人を連れてくるからこき使うといいよ」

「な…っ、お前いつのまに…!」

「仕事は素早く正確に、くのいちのモットーだ」

最後の桶をカコンッと連ねてリョウ先輩が立ち上がる。それを目で追う俺に気付くと、ぽんっと頭を撫でられた。


「富松、お前はこんな女に引っかかるんじゃないよ」


リョウ先輩が笑った。手のひらはどこか優しくて、さらりと一括りにした髪を風に揺らしながらその場を去っていく。あぁ、俺は今の光景見覚えがある。以前見た色の術。ちょろいと冷たい表情で呟いたリョウ先輩が俺に気付くと今みたいに頭をぽんっと撫でながら、言ったんだ。


"お前は、こんな女に引っかかるなよ"


泣かない笑わないの鉄面皮。あの時もそれがまるで嘘みたいに優しく笑いながら。手のひらだって、暖かかった。

「…不思議な人っすね、リョウ先輩」

「あいつが笑うなんざ今日は雨か」

「留くーん!お待たせ!」

天城さんの声が響いて、俺はホッと安堵の息を漏らした。



綺麗な花には棘がある


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