「それで、お前らはいつまでそこに隠れてるつもりだ?」 声を掛け様に袖口に隠し持った苦無を打つ。キィンと乾いた音が響き渡り、隣に二つの影が現れた。 「だからって突然苦無を投げつけるやつがいるかバカたれ」 「ちぇー、やっぱり気付いてたんだ」 盗み聞きしてた癖してまるで悪気でもないと言った2人に、はぁと溜め息が零れる。潮江文次郎と七松小平太。こんな夜更けに相も変わらず鍛錬と称してそこら中を駆け回ってるらしい。ご苦労なことだ。それにしても、女同士の秘密の会話を盗み聞きとは何とも無粋なことをしてくれる。 「気付いてくれと言わんばかりに殺気だってりゃ嫌でも気が付く」 「後輩の子は気付いてなかったぞ?」 「あの子はまだ三年だ、そういうのにはまだ疎い」 ふんとそっぽを向きながら、指先でくるくると苦無を回す。私が気配で気付けないのなんて、尾浜のそれくらいだ。あいつは妙に気を辺りに紛れ込ませるのが上手い。だからなかなか気付けない。故になかなかに厄介な相手である。 「大方、大事な大事な天女サマへの企てに威嚇でもしたつもりだろうが、残念だねぇ無駄足に終わって」 「………お前なぁ…!」 「でもリョウはそういうのには手を貸さないんだな。後輩の子も方向性もやんわり変えてたし」 リョウは良いヤツだな!と満面の笑みで曰う七松にフッと思わず鼻で笑ってしまう。潮江が七松に真剣な表情でそれは違うと首を横に振って諭していた。存外、よく分かっているじゃないか潮江。 「馬鹿か小平太、手を貸す貸さないの問題じゃない」 「潮江の言う通りだよ、七松」 「??」 「私は私の利益にならないことはしない。天女サマには利用価値がある。そして今のところ無害だ。だから私は手を出さないし、利用価値のある間は誰にも手を出させない。まだ天女サマには生きてて貰わないと困るんでね」 すっと目を細めれば、たちまち2人もどこか不機嫌そうに身構える。そうか、お前らも天女サマに心でも奪われたか。これは愉快。堅物で禁欲的な潮江に野生本能丸出しの七松。天女サマ、やっぱりあんたは私の見込んだとおりの凄い人だよ。ここまで人の心を変えて、動かしてみせる。 まるで神様か何かのようだ 「というわけで私は手を出さないよ、というか上級生は興味も無いだろうね。あるとしたらまだくのいちになりきれてない下級生か、はたまた恋に狂った般若か」 「鈴さんに手出しはさせない」 「いい心掛けだ。私もいちいち止めるなんて面倒くさいことは御免被るし、四六時中彼女のお守りなんかしてられない」 よいしょ、と立ち上がり、風に散る己の髪を掻き上げる。クルクルと指先で回る苦無に月明かりが反射した。 「いいかリョウ、お前が鈴さんをいつか有害だと判断したとしてもだ、その時は俺らだって本気になるからな」 ギロリと隈のある瞳で睨み付けられるが、唇に弧を描いて笑みを返せば、ますます不愉快だと眉を寄せていた。凄んでたつもりらしい。あんたそれじゃますます下級生にビビられる顔してるよ。 「そうだね、まぁもしもそんな時が来たならこっちも本気になってあげなきゃ悪い。全力でお相手仕るよ。ついでに氷の女王様の重い腰を何とか上げさせなきゃいけないね」 最後の言葉に、2人の顔がビシリと面白いくらいに固まる。我が友人は通り名だけでも随分な威力があるらしい。これは利用しない手はないな。本人の意志はどうであれ。まぁ例え忍たま達全滅してようともくのいちに被害が無ければさらりとしてるような彼女だ。くのいちというか自分自身にだけど。さっきの後輩も氷の女王様に同じ話をしたならば、「じゃあ辞めたらいいんじゃない?」と美しい笑顔で告げられたに違いない。私はまだそこまで冷徹にはできない。一応は可愛い後輩だし。 「そういうわけさ、まぁむやみやたらにくのいち教室は刺激しないことだね。今の話も胸の内に留めとくから安心しなよ」 「おおおお前…そこでその名前を出すのは卑怯だろうが!」 「文次郎…氷の女王に何かしたのか?」 「な…何でもない!!とにかくだ!鈴さんに危害は加えるなよ!いいな!」 そう言い捨てて、そそくさとその場から潮江は去る。絶対あいつやられたことあるんだな、何かを。白けた目で潮江の去っていった方向を見つめる私の顔を、突然に七松が覗き込んだ。 「……なに?」 「いや、いさっくんがリョウが何か企んでるって言ってたから何かと思ってたんだけど、想像してたのと違ったな」 「なに、私が天城さん暗殺でも企ててると思った?大して関わってもいないのに何でそこからいきなり暗殺に飛び火するのか…理解できん」 「だってくのいちの中には鈴さんをよく思ってない子もいるんだろう?あんなに綺麗で良い人なのに」 「女ってのは自分に自信が無いときは自分より美しいものを妬むものだよ。よく思っていないのはまだ人を殺める度胸もない下級生、上級生は毛ほども興味ないから安心しろ」 「なぁんだ、じゃあリョウは鈴さん殺そうなんて考えてないのか!じゃあいいや!」 「まぁね」 「リョウはやっぱりいい女だな」 「…蜂みたいなもんだよ、あっちが巣をつついてこなければ私は何もしない。けれど私を害するのだと分かれば、」 くるくる回していた苦無をパシッと手に持ち直す。 「毒を持って全力でやり返すだけ」 金属の黒々とした輝きに私と七松が映る。夜風が私達の間を吹き抜けて、夜着の裾も髪もはためかせた。ともすればゾクリと背筋の粟立つような気が満ちる。七松の瞳は最初からそうだ。笑ってるくせに、目の奥はギラギラと獣のように鋭い。そんな目で見てきたって私の考えは変わりません。どうぞお引き取り下さいませ。 「じゃあね七松、精々あの子が蜂の巣を刺激しないように気を付けておきなよ」 見下すように嘲笑って、背を向ける。1人で月見の筈なのに随分と千客万来だった。頼むからみんな私に一人の時間というものを提供してくれ。 「リョウ、あんまり男を馬鹿にしてくれるなよ」 「あんたこそ、あんまり女をナメないことだな」 だって我らはくのいち。 花と般若を心に住まわせ、この身一つで敵を挫き、情報を我が物とする。恋に現を抜かす忍たまなどに、負けてやるほど優しくはないのだ。 ← |