小さい頃から私は、「欲しい」の言えない子どもだった。病弱な妹にあれやこれやと金も手間も掛かっていたから、あれが欲しいこれが欲しい、そう口にすることもおこがましいような気がして、ただ指をくわえたまま我慢をするだけの、まるで子どもらしいとは言えない子どもだった。そしてそんな性分は成長しようが変わるものでもなかった。むしろ、自分で稼ぐことができるようになるから、私の「欲しい」はますます薄れて掻き消えていく。私にとって何よりも優先すべきは稼ぐことだった。

「…その傷、どうしたの…?!」

幼なじみがいた。不破雷蔵という心優しい、けれどどこか甘っちょろい男だった。面倒臭そうに肩を竦めて見せた私に構いもせず、雷蔵は青い顔をしながら包帯を巻いた私の腕を手に取った。目に見えてオロオロしている。当の本人よりも狼狽えてるってどうなのそれ。

「この間の仕事で…ちょっとしくじった」

くのたまではあるが、上級生ともなればやろうと思えば仕事はある。稼ぐために四の五の言ってはいられなかった。この世は金が全て。金がなきゃ生きていけない。そんな私を、いつも雷蔵は悲しそうな目で見てくる。心優しい幼なじみだ。けれど、やはり甘っちょろい。同情なんかじゃ懐は温まらない。金の亡者とはまさしく私みたいな奴のことを指すのだろう。

「ねぇリョウ、どうしてそんなに稼ぐことに躍起になってるの?」

「だって、じゃないと生きてけないでしょう」

「僕の後輩にもリョウみたいな子がいるけど、君は彼よりも見てて痛々しい」

私の傷だらけの手のひらを撫でながら、雷蔵が悲しげに目を伏せた。じゃあ一体どうしろと言うのだろう。欲しいの言い方を忘れた私にどうやって生きていけと言うのだろう。痛々しいのは私の手のひら?それともこの荒みきった心?

中途半端な同情はいらない。まさしく同情するなら金をくれってやつだ。私は一人で生きていく。幸せにして欲しいなんて誰かに願わない。私は自分で幸せになってやる。だから、もう私のことは放っておきなさい。雷蔵。

「雷蔵、あんたに何が分かる?」

「え……」

「私はもうこんな生き方しかしていけない。だって小さい頃からの性分だもの。ずっといろんな我慢をして、ようやく自分で稼げるようになったから、自分のために金を手に入れる。ようやく我慢しなくて済む。それの一体何がいけないの?」

「リョウ」

「傷だらけになろうと好きでもない男に体を売ろうと、全部私の体なんだから。一体何がいけないの?」

「……リョウ」

「見てて痛々しいなら、もう私のことなんか放っておけばいい」

「リョウ!!」

ガッと肩を捕まれて壁に押し付けられたかと思えば、目の前の雷蔵が珍しく瞳を怒らせて見つめていた。ああ、バカな雷蔵。なんであんたが。

「なんであんたが泣きそうな顔するの」

金の亡者と化して人を殺すことも体を売ることも、手段すら選ばなくなったロクデナシの私に対してこの男は怒っている、悲しんでいる、嘆いている。肩を掴んでいる雷蔵の手が震えている。けれど力強くて少し肩が痛んだ。辛いという感情をどこかに置き忘れた私の、胸がギシリと音を立てた気がした。忘れた感覚。せり上がるような熱さが込み上げて、喉が震える。私も大概馬鹿者だ。

「ほら、まだ泣き方まで忘れてないでしょ」

ふっと緩んだ雷蔵の表情に、私はようやく自分の頬を流れる感覚に気付いた。なんだ、私まだ泣けるのか。悲鳴を上げていた私の心が、泣いている。欲しいの言えなくなった子どもが泣いている。

「もう、私こんな生き方しかできない」

「………」

「それ以外知らない、もう戻れない抜け出せない」

「リョウ」

「雷蔵、雷蔵雷蔵…」

辛くないと思ってた。1人で生きていくなんて容易い。人の命なんて脆い。私なんてどうだっていい。いつのまにか自分自身と金の地位が逆転した。金が貯まれば貯まるほど、私はどんどん空っぽになった。自分が霞んでいった。自分のことですら上手く言えなくなった。本当は辛かった。あれが欲しいこれが欲しい、欲しいものだっていっぱいあった。そんな自分をずっと殺し続けてきた。人の命を手に掛けるようになった私が、最終的に手に掛けたのは何よりも守り抜いてきた自分自身だった。

「リョウは昔から、自分の望みを口にしない。押し殺して押し殺して、誰にも頼らない。ねぇもういいよ、疲れたでしょ。リョウ自身が一番望むことは?僕になら話してくれるでしょ?僕になら言ってもいいから、だから」

我慢しないで好きなように生きて、優しい幼なじみは私を抱き締めながらそう言った。まるですがりつくみたいな抱き締め方だ。どちらが慰められてるのか分からない。昔から雷蔵はそうだ。両親のどちらもが私を見向きもしなくなった頃、独りぼっちで佇んだ私にこうやって泣きついた。何で雷蔵が泣くのって幼い私は戸惑ったんだけど、馬鹿みたいに雷蔵が泣くから、その時私も声を上げて泣いた。遠い昔の私だ。首筋に寄せられた雷蔵の鼻先がくすぐったい。そう、もしも私が今ひとつだけ望みを言っていいのなら。どうか、どうか雷蔵。



「……助けて」



アダルトチルドレン



(こんな生き方しかできなくなった私を)
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