「すいませんでしたマジすいませんでした許してください生意気な口きいてすみませんでした庶民がすみませんでした」

「いいって言ってるだろ、それよりちゃんと着いて来い」

人気のない廊下に私達二人の声が響き渡る。私の腕を引く彼…もといこの城の王子である兵助様に連れられて何故か私は城内を歩いていた。まさかさっきまで普通に会話してた人が王子なんて誰だって思うまい。私だってそうだ。そして現在私のまるで呪詛のように延々と吐き出される謝罪をけろっとした声音で返しながら、何故か城内観光の旅に連れ立っている。どうしてこうなった。

「あの…王子様…さすがにやっぱりまずいんじゃ…」

「いいって、見たいんだろ?せっかくここまで来たのに中も見ないで帰るなんてもったいないだろ」

「いや、そういうことじゃなくてですね。今日は一応王子様のための舞踏会が絶賛大広間にて開催中なわけでして、いち庶民と城内観光してる場合じゃないといいますか何と言いますか、とりあえず帰りたいです緊張で死にそう」

「…結婚とか、別に俺がしたくてするわけじゃない…どうだっていい」

ポツリと呟かれた言葉に、思わず伏せていた顔をあげる。前を向きながら私の手を引く王子の顔は私には見えない。王族の結婚なんて、私達庶民の結婚なんかとは比べ物にならないくらい大きな影響力を与える。だってそうしてこの国を治めていかなくてはいけないのだ。とんでもない重圧が、この細い両肩に圧し掛かっている。

「…王子様ってのも大変ですね」

ポロリと零れた言葉は限りなく他人事のようで、思わずハッと口を押さえた。何を言ってるんだ王子相手に私。正直庶民に言われるまでもないことだろう。ついさっきのノリで気安くしてしまった。謝らなければと口を開いた矢先、噴き出す様な声が重なる。

「そんなこと言われたの初めてだぞ」

「す、すみません…つい心の声がそのままポロッと…」

「いいよ、謝らなくて。大変なんだよ、王子ってのも」

「はぁ、そのようで」

「色々決まりや作法や面倒なことも多いし、好きでもないのに結婚させられそうだし、大臣も父親も五月蝿いし」

「はぁ…」

まるで愚痴を零すかのように気安いその言葉に、思わず拍子抜けしてしまう。私とは大変のレベルというものが違うだろうけど、どの世界でもそれぞれの立場に大変なことがあるようだ。そっかそっか王子様ってのも大変なのか…ポツリと呟きながら、王子の背中を引かれるままに追いかける。ちらりと肩越しに振り返った彼と、一瞬目が合って苦笑を向けられた気がした。

「なぁ、今更だけど名前はなんていうんだ?」

「え?あ、あぁ…リョウです。すみません名乗りもせず」

「いや、リョウか…リョウは、何が大変なんだ?」

「え?」

王子の突然の問い掛けに、ギョッと目を丸くする。

「さっき言ってただろ?今後の生活について葛藤してるって」

「き、聞いてたんですね…バッチリ…」

ガクリと肩を落としながら、意外に地獄耳だった王子に脱力する。大変なんて、私みたいな庶民の大変さなんて、王族に比べたら微々たるものだろう。恐らく雀の涙程度の。うーあーと誤魔化しながらずるずると引きずられたまま視線を彷徨わせるが、まるで促すかのように再度その大きな瞳で見つめられた。

「これでも一応王族だからな、民が何に悩んでるかを知っておく必要があると思わないか?」

「はぁ…でも私の場合そう大したことじゃ…」「いいから言え」

「……はい」

有無を言わさない王族特有のこう…空気というものが発せられて已む無く私の口は是を吐き出した。だって私庶民だもの王族怖いもの。

「まぁ…我が家は母が早くに亡くなってしまったので、お父様が再婚して継母がやってきたんです」

「へぇ…」

「んでその継母には連れ子が二人いたんですけどね?まぁ継母共々その姉様方も横暴なこと横暴なこと…私こう見えて今は綺麗な格好してますけどね、家じゃホントひどいんですよ、灰かぶりなシンデレラですよ」

話し出したら止まらないとはこのことだろうか、継母達への積もり積もった不満がまるで爆発するかのように私の口から溢れ出す。兵助様は黙って私のその言葉に耳を傾けているうえに、表情がまるで変わらないから何を考えているかは分からない。愚痴の多い女だとでも思ってるかもしれない。っていうか王子相手に愚痴零すって私の強靭過ぎる精神力にはもはや拍手を送りたい気分だ。だって仕方ない、今まで話を聞いてくれる人なんて、いなかったんだもの。

「床掃除なんて、私もうプロ並みですよ。このお城の掃除人さん達にもひけを取らない必殺掃除人っぷりですからね私。どうですか雇いませんか」

「いや遠慮する」

「そうですか。そんなわけで私…やっぱり貧相な生活してるとお城とかそういうのに憧れるわけですよ。こういう綺麗なドレスにも。だから、今日は本当に嬉しかったです」

私の言葉に、一瞬王子は振り返って、やがてゆっくりとその足を止める。まさか王子に遭遇するとは思わなかったけれど、意外にも気さくでとても話やすい。彼の治める国で暮らせる私は、非常に幸せな庶民だ。だから、負けない。あの継母にも姉様達にも。必死で働いていつか一人で旅に出てやる。そして私の掃除テクニックがいかに素晴らしかったかを口惜しめばいい。

「…リョウはすごいな」

「はい?」

王子の突然のお言葉に思わず聞き返してしまう。パチパチと瞬く私に、彼は僅かに苦笑すると、ふわりとその黒髪を揺らして微笑んだ。

「ああ、すごいっていうか…たくましいっていうのか」

「…そ、そうですか…」

「俺は、自分のレールに敷かれたような生き方が嫌で逃げてばっかりなのに、リョウはちゃんとそれに負けないで雑草みたいに生きてる、だからたくましいなって」

「雑草って…それ褒めてんのか貶してんのかどっちですか…」

「ん、褒めてる」

「然様ですか…」

この王子、実は天然なんだろうか。大真面目な顔をして頷いた彼に、最早何もいえなくなる。ガクリと肩を落とした私に王子がキョトンと首を傾げているが、何でもないですと呟く他はない。

「俺も、リョウを見習わないとな」

穏やかな表情でそう笑う兵助王子が、どうにも私には寂しげに見えて。ふと眉根を寄せたまま、気がつけば私の指先は彼の肌理細やかな頬へと伸びていた。

「いててててて!!!?」

「はっ!私ったら何てことを…!!でも王子様、それはおかしな話ですよ」

思い切り王子の頬を捻りあげながら、その瞳を真っ直ぐ見据えてみせた。戸惑ったような表情が瞳から覗い見れる。

「私は、私が負けたくないから、自分の幸せを諦められないから、そうやって雑草みたいに生きてるんですよ」

「………………」

「王子、我慢はたくましさとは別物です。王子だって、自分の幸せのために生きたって、別にいいじゃないですか。私達のためだけに自分の幸せを諦める必要なんかない筈ですよ」

「リョウ………」

捻りあげてた指先を離して、赤くなった頬をそっと撫でる。滑らかな感触が指先に触れた。なんだこれ、何の化粧水使ったらこうなるんだ。

「まぁ、いち庶民の戯言だと思って聞き逃してください、王子様」

苦笑しつつ、そっと離れる。ぽけっとしている王子を置いて、ぐるりと周りを見回す。それにしてもひっろい城だ。調度品も何だか高そうだしっていうか絶対高い。カチコチと置かれた時計までもが半端ない重圧感と高級感を漂わせている。そう時計…

「時計いいいいいいいい!!!!!!」

「!!?な、なんだ?時計がなんだ!?」

「ちょ、王子!これ何時何分ですか!?マジで合ってます?」

「え…、合ってるだろ…23時55分…なんかおかしいのか…?」

王子の言葉に思わず白目になる。魔法使いが最後に言い残した言葉。それは0時になったら全ての魔法は解けてしまうということ。このドレスもガラスの靴も、何もかもが消え失せて元の灰被りに戻ってしまう。そうなる前に私はドレスと靴を売っ払って…違う馬鹿そうじゃない、どんだけ金の亡者だ私は。早くここから逃げ出さないといけないということだ。

「お、王子様…!すみません、出口はどこですか…」

「は?」

「私、その…もう帰らないと…!!」

「…え?」

私の言葉に、何故か王子の表情は険しくなる。しかしそれどころじゃない。何が王子の機嫌を損ねたかなんて私には今現在考える余裕がない。こんな素晴らしいお城の中であんなみすぼらしい姿を誰かに見られたりしたら、それこそ不審者として捕らえられかねない。王子に集ってると思われても癪だ。

「…帰るのか…?」

「いや、色々事情がありまして!一刻も早く帰らないと大変なことになるんですよ!要約するなら私が死ぬ!」

「し、死ぬ…?!誰かに狙われてるのか?」

「違うけど、違うのですけども狙われる予定っていうか!」

「それじゃ尚更帰せれるわけないだろ」

「いやあああん日本語って難しいいいいい!!!」

むしゃくしゃして頭を掻き乱すも、この天然王子にはまるで伝わらない。こうさっさと私に出口を伝えればそれで万事解決なのだ。ならば、と思って来た道を引き返そうとドレスの裾をたくし上げながら踵を返す。

「リョウ!」

「っち…!」

またしてもこの王子の阻止である。あからさまに舌打ちしてみせるがまるで伝わらない。掴まれた腕を振りほどこうともがきながら、ぐいぐい腕を動かすがビクともしない。この王子、細く見えても男である。慌てて時計に目をやれば、あと数分でタイムリミットが迫る。ヤバイ、と本気で焦る余り、思わず見事にドレスの裾を思い切り踏んづけ、王子諸共床へとひっ転ぶ。ドターンという鈍い音と共に、私の上に圧し掛かった王子にぐえ!っと蛙の潰れたかのような声が漏れた。ガラスの靴が片方どこかへ転がっていく高い音が響く。

「………………」

「………………」

ハッと気がついて思わず真上を見れば、私に覆い被さるかのように王子が目を見開いて私を見下ろしていた。そんなことよりもちょっとこの体制はまずい。うら若き乙女が城の廊下で王子となんという状況になっているんだろうか。真っ直ぐ見下ろすその漆黒の瞳が、私をまるで射止めるかのように強くて、反らせない。耳元で心臓が鳴るかのように五月蝿い。時間がないのはわかってる。なのにそんなのはもう頭の片隅においやられて、王子のことで頭がいっぱいだ。魔法使いのあの馬鹿みたいなテンションの声がまるで遠い。馬鹿だ、私、なんという身分の人に胸を高鳴らせているんだろう。

「あ…のー…」

「リョウ、」

「は…はい、」

か細い私の声が、真っ直ぐ向けられる王子の声に掻き消される。長い睫毛が緩やかに瞬いて、魔法にかけられたあの瞬間のようにまるで輝いてみえた。綺麗だ。静かなこの場に響くのは、私と王子の二人分の呼吸音だけだ。

「リョウは、俺も幸せになっていいって言ったよな」

「あ、はぁ…そりゃもちろんでしょう…」

「じゃあ、リョウが幸せにしてくれ」

「は?」

「リョウが傍にいてくれるなら、俺はきっと誰よりも幸せになれそうなんだ。俺も幸せになっていいって言ってくれたのは、リョウだけだ。だから、リョウがいい。リョウが俺の隣で生きてくれればいい」

「い…いやいやいや!ちょっとそれは…っ!」

慌てて上半身を上げようとした私に、ずいっと顔を寄せられる。お陰で私の上半身は再び床とこんにちはする羽目になった。に、逃げられない…この眼力からは逃げられない…!!

でも、だって、私は

色んな言葉が頭の中でぐるぐる回る。チクタクとまるで迫るように時計の音が響いた。魔法が解ける。みずぼらしい私なんて、きっとあなたは忘れてしまいたくなるんでしょう?だったら、その前に消えてしまいたいのに。それすらも許さない強い言葉が私を引き止める。逃げられない。王子からも、時計の針からも。

ポンッと乾いた音が響いて、目の前に再び光が散る。思わず衝動で目を瞑った私を包む煙が徐々に薄れて消えていく。指先に触れた感触は、いつも通りの手触りだ。絹なんてまるで夢だったんじゃないかと思うほど、いつも通りの慣れた感触。煙の向こう側で目を見開いている王子に、苦笑してみせる。

「王子、私魔法使いのおじいさんに0時まで魔法をかけてもらったんです」

「………………」

「綺麗なドレスも硝子の靴も、全部偽者です。嘘ついててごめんなさい。本当の私はこんな灰かぶりなんですよ、だから…」

「リョウ……………」

「だから、掃除婦に雇いませんか」

「………………は?」

「っち…」

さりげなく盛り込んだ自己アピールに素っ頓狂な声で返されてしまう。駄目か。こうなったら不審者として捕まるよりも雇われる身になった方が給料も良さそうだし、安泰だと思ったんだけども。ガクリと王子が私の肩口に額を押し当てて、くつくつと肩を震わせている。そんなにおかしなことを言っただろうか。どうせ雑草らしいとか思って笑っているんだろう。図太く生きてきたんだから、仕方ない。

「遠慮する」

「ちぇー」

「リョウは俺の后にするんだから、掃除婦になんか雇わない」

「……………今何と?」

自分の耳が今現在あり得ない言葉を捉えた気がして、ポロリと聞き返す。私へと甘く瞳を細めてみせながら、耳元へと唇を寄せると囁くように言葉を落とした。

「リョウは、俺の、后にする」

「わぁー!言わないでください!!嘘だ!!」

「言えって言ったのはリョウだろ、それに嘘じゃない」

ハッキリとした声音でさらりと告げられるが、パクパクと口が開閉するばかりで二の句が告げられない私には反論も不可能だ。ぎゅうと着慣れた服を握り締め、壊れそうになる心臓の鼓動を聞く。

「あの…私この通り超庶民なんですけども…服も、さっきとは比べ物にならないし…」

ようやく搾り出した私の反論に、王子は綺麗に微笑むとそっと額に口付けを落とす。ぐわっと上がった体温と、集中する熱に、全ての力が抜けた。ああもうこんな茹蛸状態じゃ、きっとどこにも逃げられない。溶かされて消えてしまいそうだ。

王子の、低い声音が耳に木霊する。

「ドレスじゃなくて、その中身が欲しいから、俺は全然気にしない」

「ちょ、卑猥!それ卑猥です王子!めっ!!」

「でも事実」

くすくすと楽しげに笑う王子が、私の掌を引いて勢いよく起き上がらせる。上から下までじっくりと改めて見られると正直穴があったら入りたい衝動に駆られる。

「あの…私本当に庶民ですよ?ドレスすら持ってない」

「俺はリョウと一緒にいられれば、きっと幸せだからそれがいい。リョウは俺の后になるなら玉の輿ってことになるけどどうする?」

「なるほど后になりましょう」

「…………なんか複雑…」

きっぱりと答えた私に、ガクリと肩を落とした王子に冗談ですよと笑ってみせる。そうね、私が隣にいないと幸せになれないって言うこの寂しがりやな王子を、この国で一番幸せにしてあげたいって思いが少しでも芽生えてしまった私は、きっとあなたの隣にいることが幸せなのかもしれないね。どうせ逃げられないようだし。それなら、世界で一番の幸せな馬鹿になろうか、あなたも私も。その掌を取って、このみすぼらしいドレスの裾を摘まみながら一礼すれば、ここが私とあなたの舞踏会になる。


「王子様、私と幸せになりましょうか」

「………喜んで」




My Happy Ending





「ところでこの硝子の靴は消えなかったんだな」

「あああ!質屋に持っていけばきっといい値で売れる!やったね!」

「…………………」

「あ、いや…つい癖で…」

「いいけどな…まぁ、」
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