七日間

私が笹山兵太夫という小悪魔に捕まるまでの、笹山曰く『壮絶な日々』である期間なわけだけれども。あの怒涛の罠という罠は全て私に対しての愛情の裏返しなんだそうで。そうまるで無邪気な笑みで寒気のするようなことを言ってのけたのは奴と同室の夢前である。

笹山にまんまと捕まった私はといえば、あれ以来もう寝ても覚めても笹山フルコースで正直言うと何で受け入れてしまったのかと時々あの時の自分を張り倒したくなる。今日も今日とて、眠気にぼんやりと霞む思考で僅かに手足を動かせば、自分のものでない体温にハタリと覚醒した。勢いよく顔をあげれば、どこから入り込んだのか例の笹山兵太夫が蠱惑的な笑みを浮かべながら私を見下ろしているなど最早日常茶飯事である。

「おはよ」

「…おはよう…ございます…」

「っぷ、なんで敬語?」

「え、いやぁ…なんとなく…っていうかあれ?何でいるの?あれ?」

「いちゃいけないわけ?」

「いいいいけなくないです…!」

ずいっと覗き込まれてしまえば、私の口は自動的に是の言葉を紡いでしまう。前の私はもっとこう…強気だったはずだ。それが一体どうしたことか、笹山に近付くだけでもう動悸がして止まらないのだ。前はこんなことなかったのに。あの瞳でじいっと見つめられると何だか吸い込まれそうな錯覚に陥るから不思議である。笹山はいつも「僕に一週間も我慢させた罰だよ」と言って私をぎゅうと抱き締める。そんな覚えは毛頭ないのだが、何とはなしにされるがままになる私も私かもしれない。ともかく、私はこの弱気な自分をどうにか奮い立たせようと夢前に相談を持ちかけてみた。

「弱気な自分を強くしたい?だったら当たって砕けろじゃないのやっぱり」

意味は分からないけども、何となく一理ある気はしたので早速実行する。



一日目。
強気と言ったらやっぱりこれだろう。強い女はまずは身体から。ギンギンに鍛錬あるのみだと私は思うのだ。というわけで皆本に剣術を習おうと声を掛けてみたけども、私の顔を見た瞬間に真っ青になって逃げられてしまった。何と失礼なことか。しかしこれはもしかしたら既に私が皆本に勝る気迫を無意識のうちに身に着けていたのかもしれない。そう思い意気揚々と笹山の元へと向かってみたのだけども、私の姿を見つけるなり皆本と打って変わって真っ青になるどころかにんまりしながら追い詰められてしまった。その後のことはあまり口にしたくないけども、とにかく失敗である。

二日目。
昨日の失敗も踏まえて、鍛錬なんか意味ないじゃんぽいぽーい!と素早く次の手を考える。やはり強気といったら委員長だろうか。少し強気に「笹山君、ちょっとやめてくれる?」と言えたらどんなに格好いいだろう。とすれば見習うべきは黒木だ。きちっと筋の通った言い分を放つ黒木は私の目から見ても憧れだ。うんうんと一人頷きながら、は組の前で二郭と談笑している黒木へと声を掛けてみた。振り返るなり、黒木は一瞬ギクリと身を揺らしたけれども、ぎこちない笑顔で「や、やぁ佐々木」と返事を返してくれた。とりあえず黒木に強気の委員長になるにはどうしたらいいのかを訊ねる。目を丸くしながら「委員長にでも立候補するの?」と驚かれたけれども、事の顛末を伝えれば引きつった表情で、「…嫌なことはハッキリ言えばいいんじゃない…?」と助言をくれた。なるほど!とすぐさま笹山を探し回れば、突然ぐいっと腕を引かれて部屋に引きずり込まれる。何事かと目を白黒させていれば、笹山がしいっと唇に指を当てて笑う。おおっと、そういえばこっちは忍たま長屋の方だったっけ。うっかり足を踏み入れてしまっていたがくのいちがこんなとこ歩き回ってると知れれば大変だ。目だけで笹山に礼を告げれば、その鼻先が触れそうなほどに近付く。こ、これは今こそ委員長発揮しなければ…!そう決意し口を開く。

「笹山、やめ…」

「黙って」

有無を言わさず唇を塞がれ敢え無く失敗。


三日目。
強気ってなんなんだ…と図書室で本を探してみる。が、まるで見つからない。確かにそんな漠然とした内容の本があるわけないだろうと気付いたのは図書委員であるきり丸に相談を持ちかけた後だった。ケラケラ腹を抱えて笑うこの男の頭を何回カチ割ってやろうかと思ったか知れない。拳を握ってワナワナとしている私に気付いたのか、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭きつつ、一冊の本を差し出しこう言った。「本を読んでる時の女って、意外に手出しにくいもんだぜ?」いいとこあるじゃないかこの守銭奴。さっそく実行するべく部屋に篭り借りた本に没頭した。すると案の定笹山はどこからか入り込んできて、私の隣に居座る。気になるけども我慢だ。膝に寝転んでじいっと覗き込まれても背中に体重かけられても何か物を漁る音がしても我慢だ。

「ねぇ、僕がいるんだから僕以外のものに目向けないでくれる?」

「ああ!」

「没収」

本を取り上げられ敢え無く失敗。本読んでいようがこの男は容赦ない。


四日目。
たて続けの失敗に、とりあえず原点回帰を試みる。強気の女性といえばやっぱりシナ先生だ。くのいち教室みんなの憧れの先生のようになれば、少しは強気で笹山に立ち向かえるかもしれない。ということはまずは馬に乗れなければ。乗馬の特訓だ。とすればここはやはりは組の加藤が適任だ。さっそく加藤に頼み込みに向かう。するとあの加藤に珍しく、歯切れの悪い言葉で「うーん…乗馬なら確かに俺の得意分野だけど…兵ちゃんだって上手いぞ?」と困ったように返された。なんでぎゃふんと言わせたい相手から乗馬を教わらねばならないのだ。それに笹山が馬の扱いが加藤の次に上手いことぐらい私だって知っている。奴は武家出身なのだ。馬ぐらいほほいのほいなんだろう。

「なに?馬に乗りたいのリョウ」

「笹山…」

「ちょうどいいから兵ちゃんに教えてもらえって、な!」

「ふーん…まぁ、教えてあげてもいいけど…この借りは高いからね」

「お前はきり丸か」

その日は何故か笹山に乗馬を教わった。聞いてた通りなかなかの手前で、ちょっぴりときめいたのは内緒だ。

五日目。
作戦決行から五日目。今日は実習だったので、帰ってきたのはもう真夜中だった。この日ばかりはくたくたで強気になるなんてそんなこと言ってる場合じゃなかった。とにもかくにも疲れ切っていた私は雪崩れ込む様に布団に倒れた。半分意識の飛びかけた私の髪を誰かが優しく空いている。優しくて暖かい掌が頬を撫でて、私の掌をぎゅうっと握り締める。まるで夢の中に半分入り込んでしまっている私の耳元で、誰かが「おかえり」と囁く。それは、とても聞き覚えのある声。いつも意地悪で、私を振り回してばかりいる奴の声と重なるように私の脳に優しく響く。寝ぼけた私が誰の名前を呟いたのかはあまり覚えていない。

六日目。
今日は休みだったから思い切り眠って、目が覚めたら私は何故だか笹山の腕の中にいた。固まった思考を作動させながら必死で状況を考えるが、毒気の無い笹山の寝顔になんだかどうでもよくなってしまった。男の癖して睫毛が長い。そういえば、私が思わず笹山の言葉に返事を返してしまったのも、こうやって抱き締められている時だった。あの時笹山は、私が欲しかったと言った。何かもうよくよく考えるととんでもないこと言ってるっていうのはよく分かるんだけども、でもその言葉を思い返すだけで胸が早鐘のようになって、じんわりと顔が熱くなる。笹山の腕の感触とか耳に響く鼓動とか、そういうの全部意識してしまう。だって笹山は、意地悪だけど時々優しくて。私のことを振り回す癖に、いつもどこかで私を気遣って。そういう見えない笹山の気持ちが私にはどうしようもなく愛しく思えてしまって。

(ああ、そっか…)

私が笹山に強く出れないのも、やる事成す事受け入れてしまうのも、全部全部、笹山が好きなせいなんだ。だって、私は昔から、意地悪で優しいこの小悪魔に、心のどこかで惹かれていたのだから。

七日目。
笹山にぐいぐいと手を引かれながら、私はじいっとその背中を見つめてみる。いつかよりもずっとずっと大きくなったその背中と、私を引っ張るこの掌。揺れる綺麗な枯茶色の髪が揺れて、照らされた日光に淡く透ける。暖かい指先にきゅうっと力を込めながら、その背中に向かって声を掛けた。

「ねぇ、笹山」

「んー?」

強気とか、自信とかそういうのは二の次だ。あなたの仕掛けた甘い罠に私は捕まったのだから。


「大好きだよ」



君と恋する七日間




その後、真っ赤になって振り向いた笹山に思わず私は声を上げて笑った。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -