小さい頃から、ずっと欲しかったものがある。 僕の前を駆けていくその背中を追いかけながら、あの頃はただ必死に離されまいとリョウの後ろを付いて行った。そんな僕を振り放すでも無視するわけでもなく、度々振り返っては笑顔で掌を差し出してくれる。リョウの掌の熱が、自分の掌を包んでいることに安堵しながら、いつかは離れていくかもしれないことにひっそりと恐怖した。幼い頃は、ただ必死に追いかけていればそれでよかった。リョウが僕を放ってどこかへ行ってしまうような子ではないことは十分分かっていたし、僕も離れるつもりは毛頭なかった。けれど、大きくなるにつれて今度は別の恐怖が僕を襲った。リョウが離れて行ってしまうということよりも、ずっとずっと恐ろしいこと。 それは、 リョウが、他の誰かに獲られてしまうということだ。 「聞いてリョウ、僕ついにあの子に好きだって言ったよ」 小さい頃と同じように、僕はリョウの装束の裾を引きながら、はにかんでみせる。前々から僕はリョウに一人のくのいちを好きになったと相談を持ちかけていた。優しいリョウはいつも親身になってその相談を聞いてくれて、些細なことに一喜一憂してくれる。今だって満面の笑みで、良かった良かった本当に良かったね雷蔵、とまるで自分のことのように喜んでくれている。優しくて、他人の幸せを願える僕の自慢の幼馴染。けれど僕は知っている。その満面の笑顔が一瞬だけ陰って、まるで宝物を取り上げられた子どもみたいな表情が浮かんだことを。それに嬉しくなって、僕は思わず笑みを浮かべる。まるで、リョウのその言葉に心から喜ぶ純粋な幼馴染のように。でも心の中ではまるで蜘蛛が糸を張り巡らせるかのように、緻密に罠を張って蝶を待っている。 名前もよく覚えていないくのいちの子を好きだと言ったのも、その子を好きだとリョウに言ったのも、全てはリョウが僕から離れていかないため。何よりも誰よりも僕を優先させるリョウの心を僕は知っているから、僕が離れたフリをすれば、きっとリョウは今までよりもずっとずっと深く、僕へと依存する。取り上げられた宝物へと手を伸ばす子どものように、リョウは僕へと手を伸ばし続けるだろう。他の何も目に入らないくらい、無我夢中で。僕の幸せを祈り続けているのだろう。 「良かったね雷蔵、今幸せ？」 「うん」 だって、ずっと欲しかったものがもうすぐ手に入るんだ。これを幸せと呼ばないで一体何て言えばいいのだろう。追いかけていた背中も、あの暖かな掌も、優しいあの声も、全部、全部全部僕の物になるんだ。どろりと濃い蜜をを飲み下すように、噎せ返るような甘さが胸に満ちる。恋焦がれたそれを手に入れた瞬間の感情はきっと言葉にできない。だからもっと、もっともっともっと僕だけを見ていて。余所見なんてする余裕がないくらい僕だけのことを考えて。その優しい笑顔が歪むその日がきたら、もう離してはあげられないから。 「リョウ、リョウ、もしもリョウに好きな人ができたら僕に必ず教えてね、約束だよ」 だから、最後の最後に僕は罠を仕掛ける。最後の逃げ道すらも塞いで、決して逃げられないように。もしも、なんて考えたくもないけれど、リョウが離れていきそうにでもなったら、僕は苦しくて苦しくて死んでしまう。だから、僕は僕のために、約束で縛って、虚構の指切りを交わす。 リョウに僕以外の本当に好きな人が出来たとしても、僕はリョウのように笑って幸せを祈ってなんかあげない。絶対に誰にも渡さない。そのためになら、僕は嘘でも約束でも簡単に口にしてみせる。だから、他の誰のものにもならないで。 僕の大切な大好きな幼馴染。 たとえ、何を犠牲にしようとも。 僕は僕の幸せを守り抜く。 どうかリョウ、 早く僕のものになって (殺したのは理性) (泣き叫ぶのは本能) |