「例えば、歴史上に名を連ねる人物がいるとするだろ」

「うん」

「その人物の生い立ちは調べれば分かることだ。本とか教科書にですら載ってるんだから」

「そうだね」

「でも、そいつが何を考えてそういう行動を取ったのか、その時に何を思ったのか、そんなのは自分自身だけが知っていることであって、形に遺さない限り俺達ができるのは想像することだけだ」


兵助は、たまに小難しい話をする。言いたいことは何となく分かるのだが、結論に至るまでに熟考するというか、早い話が回りくどい。それでも、兵助の話をこうやって聞いているのは嫌いじゃない。まるで兵助と意識の共有でもしているかのようで、少し嬉しくなるからだ。


「歴史上で有名な人物が、例えば端から見れば政略婚かもしれないけど本当はすごく相手のことを好きになっていたかもしれない」

「戦国武将とお姫様とかね」

「そう、第三者の観点から見たそいつの歴史なんてこの世には星の数ほどある」

「でも本人の本当の気持ちは手紙か本にでもしておかないと未来には伝わらないってことだよね」

「それにまさが自分が後世まで語り継がれるような人物になるなんて、その時には思わないだろ?」


それは確かに。自分でそうなろうとでも思わない限り自分がそうなるなんて想像もしないだろう。


「いちいちこの時は何を思った、あの時はこう感じたなんてやってたらキリがないもんね」


今、私が兵助の話に耳を傾けて、そしてそれに対してどう思ってるかなんて、そんなの私だけしか知り得ない。これは私だけの感情。

ふわりと後ろから腕が回って、ぎゅうと抱き締められる。背中越しに伝わる熱が暖かい。兵助の腕の中は安心できる場所。これも、私だけの感情。兵助の低い声が耳の横で響く。


「だから、もし例えば俺が歴史上に名を残すような人物になったとして」

「ふふ、なにそれ」

「例えばだよ。そうしたら、今俺がどう思ってるかなんて他の誰にも分からない。精々『彼女を抱き締めてた』って残るぐらい」

「ちょ、なんかマヌケだなー」

「かもしれない」


互いに笑い声を零しながら、兵助の胸に背中を預ける。兵助のこのよく分からない話が、私は結構好きだ。


「未来の誰かがその一文を見たら、なんて想像するのかな」

「さぁ、『いい抱き心地だと男は考えている』とか?」

「それはちょっと嫌かも」

「歴史上の人物が今の自分のこと知ったら、そうじゃない!って怒るかもな」

「ね」

「何考えてると思う?」

「えー…豆腐食べたい?」

「ハズレ」


ぎゅうっと、兵助の腕が私を包んで、耳元に唇を寄せられる。くすぐったくて身を捩れば、くすりと兵助が笑ったのが分かった。


「俺が今、リョウにキスしたいって思ってるのも、俺自身にしか分からない気持ちってこと」



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