「なぁ、そろそろ諦めて降りてこい」

夢を見るの、とリョウは言った。

毎回毎回同じ様な光景を見るのだと。彼女の話はこうだ、時代は多分昔の日本、刀とか戦とか言ってるから戦国時代くらいで、リョウはそんな戦乱の世を“くのいち“として生き抜いていた。時には木々の間を飛び回り、泣き笑い怒り、夢とは一言では片付けられない程のリアルな日々を毎夜毎夜体感するそうだ。

そして、夢はいつも同じところで終わりを迎える。

誰かが泣いていたと、夢のせいであまり深く眠れてはいないらしいリョウが眠そうな顔で呟いた。誰かの声がいつも頭の中に響いて、それが気になって気になって仕方がないらしいのだ。

「なぁ聞いてるか?そんなとこ登ったって思い出せないだろ」

「ハチ、もうちょっと」

そこからリョウの奇行が始まった。夢のせいで寝不足なリョウの最終手段だった。ある日は突然穴を掘り出したり、ある日は突然草陰に身を潜めてみたり、“夢“と同じ行動をしてみたら、何か分かるんじゃないかという、リョウの最後の悪あがきだった。寝不足にイライラしているともいう。

そして今日は、木を登った末に枝の上から遠くを眺めるという行動に出始めた。あんな高い所まで登りやがって落ちたらどうすんだと地上で肝を冷やす俺に構いもせずに、リョウはひたすらに遥か彼方を見つめている。同時にほんの少し、俺はあいつが怖くなった。余りにも一心不乱、何かに怯えるのか焦るのか、目の色を変えて夢と同じ行動を取りたがる、リョウは何だか別人かのようだ。

「なんか思い出せたのか」

「…………」

「泣いてるその誰かさんは、泣き止んだか?」

「………まだ」

風に掻き消えてしまいそうな程に僅かな声が、頭上から俺に降ってくる。ああそうだろうよ、思い出せる筈がないんだ。

俺らが生きたのは今で言う室町時代、俺は忍者でお前がくのいち、そして俺らが一番最初に出会ったのが忍術学園。俺と三郎雷蔵に、い組の兵助勘右衛門。そしてくのいちのリョウ。ふざけたり馬鹿やったりして、そして卒業してからそれぞれがそれぞれの道を生きて。


夢と同じことをしなきゃ思い出せねぇってんなら、きっとリョウが思い出す日はもう永遠に来ない。来るはずがない。お前の夢の中、誰かがずっと泣いていると言っていた。顔が思い出せないか、声が思い出せないか。ただひたすらに誰かが泣いてるってことしか分からないのだろう。何で泣いてるかが気になるのだろう。


なぁ、リョウ。
お前の前世での最後を知ってるか?俺は知ってる。全部覚えてる。いつだって夢なんか見る必要ないくらいに鮮明に覚えてる。



リョウの最後は、俺に殺されるんだ。



俺とリョウの城が戦になって、かつての同朋は敵同士。嘘みたいに悲劇的な状況で俺とリョウは刃を交え、最後の最後に俺がお前を刺し殺した。覚えてないだろう、いや、思い出さないままでいてくれ。リョウの頭に響いてる、その泣き声の主は実はずっとお前の目の前にいたんだ。馬鹿みたいに泣いたんだ。泣いたって喚いたって冗談なんかじゃ終わらなくて、流れる赤も止まらない。悪夢みたいな光景に、俺は1人で泣いたんだ。

だから、リョウが記憶を取り戻す日なんかもう絶対来ない。やっと傍にいることが出来る世界で会えたんだ。自分に嘘を付かなくていい世界だ。敵も味方も垣根はもう無い。自分の気持ち一つで、全てを変えられる。


だから頼むよ前世の俺。いい加減に泣き止んでくれ。もう辛くないんだ、苦しくないんだ、泣かなくていいんだ。お前の求めた理想郷はここにあるんだぞ。

「リョウ」

「…ん?」

「その泣いてるのが誰か分かったら、どうするんだ」

「…………」

「…リョウ?」

「……もう泣くなって頭ぐっしゃぐしゃにかき回して、思いっきり抱きしめてあげる」

「………は?」

「あとね、もういいよって言う」

「…………」

「泣き声が、いつも自分を責めるみたいに苦しそうで、それが私は嫌だったの」

「……そう、か」

「だから、もう自分を許してやれって叱ってやるの」

リョウが笑った。変わらない笑顔だ。何百年経ってもずっと変わらない。俺は俺を、許してやっていいのだそうだ。聞いたか何百年前の俺。だからもう、きっと泣き声は止むのだろう。

「…今日は帰ろうぜリョウ、ほら受け止めてやるから降りてこい」

「飛び降りろっての?無理だって」

「いいから、絶対大丈夫だから」

この腕にリョウが飛び込んで来たら、あいつをうんと抱き締めてやろう。泣き声が止んだら、リョウは何と言うだろうか。声はきっと届いてる。あいつの隣に今いる俺は、何百年前からずっとずっと変わらない。リョウの前世の記憶はきっと戻らない。俺があいつを殺す世界なんか、もう二度と巡らないのだから。



あさきゆめみし



(もう、間違えない)
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