「今度怪我するようなことがあったら、ちゃんとこうやって手当てに来てね」 一番初めは、柔らかな笑顔とその日溜まりみたいに優しい熱だった。不器用ながらもあたしへと包帯を巻きつけるその指先が温かくて、まるであたしの中の何かを溶かしてしまうかのように穏やかで優しい熱があたしの心に触れた。どうしようもないくらいに、嬉しくて嬉しくて、けれど離れていくことの方が辛いことを知っているからあたしはどうしても踏み込めなくて。それなのに、どんどんあたしの周りを溶かして手を差し伸べるから、あたしも、ここから踏み出せるんじゃないかと思っていたんだ。眩しい場所へ踏み出せるように、あたしも、 ただ、変わりたかった 「っ………不破…!」 熱が身体のうちで燻るかのように熱いのに、頭だけはまるで冷水を浴びせられたかのように冷たい。腕を引いて前を駆ける不破の背中に、息が弾むのを堪えながら必死で手を振り解く。それなのに聞こえているのか聞こえていないのか不破は振り返らない。何を言っても反応がない不破に、まるでこの先の未来を見ているかのような気がして、泣きたくなった。 いや、きっと、不破は分かってくれる。 仕方ないなって困ったように笑いながら、また笑ってくれる。そうじゃなければ、きっともう駄目だ。今までずっと手放すことのできなかった日溜まりが遠ざかってしまう。あたしはまた、一人になる。柔らかな笑顔すら、もう見られないんだ。 「不破…!」 「………………」 「………離せって…!」 まるで悲鳴のようなあたしの声が響き、徐々にスピードが緩むとやがてピタリと立ち止まる。夕暮れ、地面に伸びている黒い影も長い。何度も繰り返される呼吸音だけがあたし達の間に満ちる。ようやく解かれた腕が重力に従ってゆっくりと落ちる。不破の顔を見上げることすらできずに、自分自身の爪先だけをゆらゆらと揺れる視界が捉えた。 「……………………」 「…………………、どうして」 小さく問われたその言葉に、びくりと自分自身の肩が揺れるのが分かった。どうして、そんなこと、自分が一番聞きたい。勢い良く顔を上げて見上げた不破の顔が、一瞬逆光に溶けて見えなくなる。何度も瞬いて見つめるその視線が酷く真剣な色を孕んで自分を貫く。ズキリと胸の奥深くが軋んだ音を立てた。 「…いつもみたいに、三郎とふざけあったり…笑ったり、そうしてるリョウちゃんが…、一番リョウちゃんらしいのに」 「……………え、」 「どうして、一人で何でも背負おうとするの。あんなところで一人で立ち向かってるリョウちゃんは、リョウちゃんらしくないよ」 頭が真っ白になりそうだった。その唇から零れ落ちる言葉が、まるであたしを否定しているかのように痛くて悲しくて、そして同時に、消えてしまいたいくらい恥ずかしかった。 「……お前なんかに…分かるわけないだろ…」 「リョウちゃん…」 「あたしが!!!どれだけお前らと一緒にいたくて、どれだけお前らに釣りあう様な自分になりたいと思ってるかなんて…っ!お前に分かるわけないだろっ!!」 搾り出すように叫んだ声が、耳鳴りのように聞こえた。不破の目が驚いたように丸くなり、言葉を失っている。唇を噛み締めて、嗚咽をかみ殺す。 「あたしだって、お前らの隣にいてぇんだよ!だから、変わりたかった…今まで自分を取り囲んでた世界から抜け出したくて、何度だって足掻いた!!でもなっ…」 目から零れ落ちていく透明な雫は、砕け散った感情のようだった。 「無理なんだよ!所詮あたしはあの世界でしか生きられない馬鹿な人間なんだ!他人を傷付けて自分も傷付いて!!そうすることでしか自分自身を確立できない、あたしはどこへ行ってもいつまでたっても、ちっとも変われやしないんだ!!!」 ゆっくりと世界が色を失っていく。不破の表情が傷付いたようにこちらを見つめ返している。こうしてあたしは、大切な人すらも傷つける。そうやって、いつまでたってもどこからも抜け出せないまま、ゆっくりと沈んでいくんだ。 「…………あたしだって、お前らと………、」 「…………待って、違う!!リョウちゃん!!!」 その先の言葉を紡ぐことができなくて、そのまま不破に背を向けて走り出す。後ろで不破の呼び止める声が聞こえた。小さくなる不破を振り返りもせずに、あたしと不破の距離は遠ざかっていく。 本当は、ずっと一緒にいたかった その言葉を口にすることすらできず、どこからも動き出せない。不破達に迷惑しかかけることのできないあたしは、きっと世界で一番の大馬鹿野郎だ。 世界が夜に沈むように、あたし自身も沈んでなくなってしまえたらよかった。 |