「本当に今回は助かった。ありがとう」 コンビニのビニール袋を差し出しながらそう告げれば、何だ何だと鉢屋達が袋を覗き込んだ。 「追試、無事通った」 「わぁ、そうなんだ!よかったね!」 「それでなんで…プリン?」 綺麗な状態のプリンを手に取り、キョトンと首を傾げられる。何となくむず痒くなって、斜め上を向いてまくし立てた。 「あ、あの時はプリンぐちゃぐちゃになっちまっただろ!だから、今度はちゃんとしたのを…!いらないならあたしが全部食うから別に、」 「あーはいはい貰う貰うありがたーく貰うっつーの。全部食ったら太るぞ」 「あ、俺豆乳プリンがいい」 「でも、そんなお礼なんて別にいいのに」 「ほんっと、リョウは義理堅いなぁ」 しみじみと何故かそう呟かれながら、竹谷が人の頭を撫で回す。こいつはあたしを犬か何かと勘違いしているんじゃないだろうか。やめろー!とその手を振り払いながら、乱れきった髪を直す。ふんと鼻息を鳴らしながら、自分の分の余ったプリンに手を伸ばし、ベリリと蓋を捲った。 「ったく…そもそも良いことにしろ悪いことにしろ借りを返すのは当然のことだろ」 「はぁー、いまどき感心だねコイツ。あれだろ、絶対清水の次郎長とか水戸黄門とか好きだろお前」 「三郎…仮にも女子高生だぞ、番長」 「仮にもは余計だ竹谷…それに、」 食べ終わったカップをカン!と叩き付けるように置き、ギロリと鉢屋と竹谷を睨みつける。ビクゥ!と2人の肩が揺れた。 「…次郎長親分も黄門様もあたしの心の師匠だが何か問題あるか…?」 「「アリマセン」」 ユニゾンのようにきっちり揃った2人の声に大きく頷いてみせる。久々知が脳天気にやる気のない拍手を送っている。嬉しくない。「俺初めて番長が番長たる由縁を知った気がする」という竹谷の呟きに、不破が苦笑を浮かべていた。ざまーみろってんだ。べぇと舌を出したあたしをチラリと鉢屋が見返している。一瞬不破へとその視線をずらしたかと思うと、ニヤリと嫌な笑みをこちらへ向かって浮かべてみせた。 嫌な予感。 「リョウ、お前の好みって年上なのか?」 「…は!?」 鉢屋の唐突な言葉に、素っ頓狂な声が飛び出る。釣られるように竹谷も同じように口端を釣り上げると、便乗しながらにんまり笑った。 「リョウのタイプはああいう感じかぁ」 「なっ…違う!あたしはそーいうあれじゃなくてだな!確かにどっちもカッコいいが、あたしは…、」 何故か無意識に視線が不破へと向かう。目を丸くしている不破が視界に写り込んだその瞬間、全身の血液が沸騰するかのような感覚に襲われる。だあああ落ち着け更年期…!!一瞬はち合った視線をババッと逸らし、暴れまくっている心臓を宥めにかかる。あたし、本気で何か病気なんじゃなかろうか…。久々知はそんなあたしを心底どうでもよさそうな顔で見ているが、一つ溜め息を吐くと鉢屋と竹谷へ視線を向けた。 「お前らからかいすぎ」 「悪い悪い」 「ちょっと仕返しにな」 「もう!2人ともリョウちゃん困らせて…」 不破があたしのために2人を窘めている。それなのにあたしは不破から顔を思い切り逸らしたりして、態度悪かったなと思わず反省する。しかし不破と目が合った瞬間のあの電流のような雷のような衝撃は何なんだろうか。そろそろ本気で病院へ行こう…そう決意してペットボトルに口を付けた。 「リョウって彼氏いたことあんのか?」 「ブッ!!!ウェゲッホゴホ!」 思い切り口に含んだ液体を吹き出してムセ込む。 「うわ!大丈夫リョウちゃん!?」 不破がオロオロとあたしの傍らでハンカチを差し出している。不破のハンカチをこんなことで汚すわけにはいかない。やんわりと断りつつ、気管に入ってゲホゲホむせながら爆弾投下をした鉢屋をギロリと睨み付けた。 「…なに突然意味のわかんねぇこと聞いてんだてめぇ…!」 「いやぁ、ほんの興味本位」 しれっと言い返すその腹の立つ顔を今にも殴りかかりそうな形相をしながら、拳を握り締める。我慢だ…コイツの軽口に付き合って最終的に疲れるのはあたしだぞ。まぁまぁと竹谷が苦笑いで宥めている。 「で?実際どうなんだよ」 「…三郎…俺はお前を心底肝が据わってるなと感心するわ…今のリョウは番長モードだぞ」 「おい竹谷、なんだ番長モードって」 「い、いや!違うぞ別に俺はそういう意味で言ったわけじゃなくてだ!」 慌てて涼しい顔をしている久々知の後ろへ逃げ込みながら、竹谷が必死で久々知を盾にしている。久々知は我関せずと悟りでも開いたかのような表情でひたすらに豆乳プリンを貪っていた。温度差ありすぎて若干引いた。 「ったく…」 「リョウちゃん、彼氏いるの?」 「…ぅえ?!」 「ナイス雷蔵!」 隣に座っていた不破が、唐突にあたしへと質問を投げかける。素っ頓狂な声をあげて固まったあたしを覗き込みながら、首を傾げられる。鉢屋とは180°違う純粋な疑問に、喚くはずだったあたしの口は閉口した。どうすればいいんだこの状況、怒るに怒れない。 「いや彼氏とかそんな…」 「わぁ、僕の知ってる人?」 「違う!違うぞ!いないからな!そんなんいるわけないだろ!」 「あれ、そうなんだ」 あたしの必死過ぎる否定に、興味津々な表情を浮かべていた不破はあっさりと引き下がった。なんなんだろうか…このちょっと虚しい感じ。ドッと疲れた気がして無意識に肩を落としている自分がいた。 「大体…あたしみたいな中学からケンカばっかしてるような奴を女扱いするような男がいるわけねぇだろ」 「リョウ、下手な男よりも男前だもんな」 「兵助、お前は空気を読め」 ベシンと久々知の頭が鉢屋にはたかれる。中学の頃からケンカばかり。気が付けばあたしの周りには男だけでなく女までもが遠巻きになってしまっていた。そんなあたしに、彼氏なんて甘酸っぱいものは夢のまた夢である。誰かを好きになるなんてことすら、あたしには縁のない話だ。別に欲しいとも思っていないからいいんだけども。あたしは、今みたいに友達と呼べる相手と過ごすこの日々の方がずっとずっと尊いと思う。 「いいんだ別に。女扱いされないのなんて今更の話だしな」 笑い飛ばしたあたしを、不破は二、三度瞳を瞬かせながら見つめている。やがて、首を傾げながらあたしへと言葉を投げかけた。 「どうして?」 「へ?」 「僕は、ちゃんと女の子だと思うけど」 たっぷり十秒間、いやもしくはそれ以上。あたしの頭は真っ白にまるでフラッシュを焚かれた直後のように思考を停止させた。完全に固まったあたしに、不破は何かおかしなこと言ったかな?と鉢屋に尋ねているが、当の鉢屋は地面に蹲って肩をプルプル震わせていて聞いてもいない。ぐわんと目眩のような衝動。そしてじわじわとせり上がる理由の分からない熱が、喉を焼く。茶色のその丸い瞳があたしを視界に映し出したその瞬間、あたしは世界陸上もビックリするほどのスタートダッシュを決めた。 「うわああああああ!!!!」 「え!?ど、どこ行くのリョウちゃん!?」 「雷蔵、そっとしとけ。今のあいつにお前は起爆剤だ」 「…ど、どういうことなの?」 あたしの走り去ったその場で、不破を除いた3人は各々顔を見合わせて苦笑を浮かべる。困惑した表情の不破の肩を鉢屋が緩く叩きながら、くつくつとかみ殺しきれていない笑い声を漏らした。 「ったく、お前らホント面白ェ」 「ど…どうしちゃったんだろう」 「リョウって相変わらず初だよなぁ」 「恋する乙女ってヤツだな」 「兵助の口から出ると違和感あるな…」 「うるさい」 そうして彼らが笑ったことを、走り去ったあたしは知る由もなく。 楽しくて、時々ケンカして、でも笑っていて、そこにあたしがいて、不破がいて、鉢屋達がいて、愛しくて、大切な大切なこの日々がずっと続くと思っていた。 それが、崩れ落ちることなんて、あたしには想像もできなかったんだ。 |