それは、午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた時のことであった。


「リョウ」

「んー」

「俺ちょっと図書室行くけどリョウも行くか?」

「んー」

「…リョウ?」

「んー」

鞄から本を取り出してリョウに声を掛ける久々知を見もせずに、リョウはボンヤリとした表情のまま生返事を返す。頬杖を付いたままどこかを見つめるリョウの表情は、見る人からすれば獲物を狙ってるかのように険しい表情をしている。そのせいなのか、クラスメートは誰一人として視線を合わせようとも近寄ろうともせずに、我関せずの姿勢を貫いていた。

この男、久々知兵助以外は。

「おーいリョウ」

目の前でサッサッと手を振ってみせるが、気付いているのかいないのか全く意にも介さない。兵助はキョトンとその瞳を瞬かせたかと思うと、目の前で振っていた手を収めて首を傾げた。

「なぁってば」

臆すことなくリョウの髪を一房掴むと、ツンツン引っ張ってみるがこれにも反応を返さない。次いで頬に手を伸ばすとこれでもかと横に引っ張ってみるが、まるで上の空なリョウは反応を返さない。鬼をも恐れぬ兵助の行動にクラスメートは正直冷や冷やと顔を真っ青にさせているのだが、兵助は涼しい顔をしていた。されるがままのリョウに兵助はふむ、と顎に手を当てると、徐に廊下へと視線を移し、何食わぬ顔でこう告げた。

「あ、雷蔵」

ガタタタン!!!

「…の顔をした三郎」

けたたましい音を立てて立ち上がったリョウに聞こえるか聞こえないかの声で付け加えると、たちまちリョウは顔を真っ赤にしながら無表情の兵助の胸倉を掴み上げた。

「て、てめぇ久々知!!騙しやがったな…!!」

「だってリョウが何しても気付かないから」

「だってもクソもあるか!人が真剣に悩んでるっつーのに…」


「…何してんのお前ら」


一見するとカツアゲ状態の二人へ怪訝な声が割って入る。兵助の胸倉を掴んだままのリョウと掴まれたまま平然としている兵助は、揃ってその声の主を視線で辿った。

「クラス全員ドン引きしてるぞ」

三郎の言葉に、リョウはハッと我に返り慌てて兵助の胸倉から手を離すと周りを覗う。気が付けば、クラス全員壁に張り付くように遠巻きにこちらを見ており、誰も彼もが恐怖に慄いた表情を浮かべていた。

思わずバツが悪くなり、咳払いを一つ零すと苦々しげに二人へ視線を向けた。

「…とりあえずだ、場所を変えよう」





「追試?リョウちゃんが?」

本の返却作業をしていた手を止めて、雷蔵が驚いたようにリョウへと尋ねた。雷蔵の言葉に項垂れたまま、リョウはコクリと肯定の返事を無言で返す。まるで覇気のないリョウの姿に、椅子で足を組んだまま話を聞いていた三郎は、呆れ返りながら頬杖を付いた。

「何を落ち込んでいるかと思えばそんなことか」

「そんなことなもんか一大事だ!!」

「まぁまぁ、落ち着けって、な?」

激昂して今にも三郎に掴みかかりそうなリョウを羽交い絞めながら宥めつつ、でもよと竹谷はリョウを見下ろした。

「その追試で合格すりゃ問題ないんだろ?だったら…」

「…問題大有りなんだよ…」

ポツリと零されたリョウの言葉に、竹谷を始めとするその場の誰もがはてと首を傾げる。珍しくも真っ青な表情のまま、リョウはボソボソと言葉を発した。

「いいか、よく考えてみろ」

「…?」

「まず第一に、現時点で出席日数ギリギリのあたしがまともに授業受けてると思うか?」

「………………」

「ぶっちゃけ今回の試験だってもう日本語を読んでいるとは思えないくらいチンプンカンプンだったんだ…そんなあたしが、追試で合格する可能性なんかあると思うか?」

「ねぇな!」

「ちょ、ハチそんな満面の笑みで言わなくても」

リョウの言葉を爽やかな笑みと共にサラリと否定してみせた竹谷を嗜ながら、雷蔵は恐る恐るリョウへと視線を向けるが、竹谷の言葉を受けてか否か床に沈みこまんばかりの勢いで真っ白に燃え尽きかけているリョウの姿に、ギョッと目を瞠った。

「ええ…!ほ、ほらハチ!ちゃんと謝って!」

「お…おぉ、悪ィ…」

「いや、いいんだ…事実だから仕方ねぇよ…あたしもそう思う…」

「そんなことないって…!ほら、そんな床に這い蹲ってないで顔上げて!」

雷蔵に腕を引かれ、のっそりと顔を上げるもののその表情に生気はない。死んだ魚のような目で視線を彷徨わせると、リョウはうっすら自嘲するように笑った。

「ああもう…なんか…もういっそのことここで諦めちまおうかな」

「え…」

ボソリと零した言葉に、雷蔵が眉をひそめる。

「どうせ通ってても意味ないんだったら、いっそ…」

「ダメだよ!!!」

雷蔵の珍しい固い声に、思わず誰もが目を丸くする。リョウも呆けた顔のまま雷蔵を見上げると、え?と気の抜けた声を漏らした。

「せっかく今まで頑張ってきたんでしょ?それをこんなところで諦めちゃうなんて、もったいないよ!辛かったことも苦しかったこともたくさん乗り越えて、今こうやって一緒にいるのに、どうして手放そうとするの!?」

「え、や…あの…不破…」

「僕はまだリョウちゃんと一緒にいたいし、仲良くなりたい。リョウちゃんは違う?僕らともう一緒になんかいたくない?」

「あ…う…い、いたいです…!」

「ほら、じゃあ頑張ろうよ!僕らも協力するから!」

「……………」

「リョウちゃん?」

勢いのまま、雷蔵に両手を握られ詰め寄られた格好のまま静止するリョウに、雷蔵は首を傾げる。はぁ、と幾人かの溜息が室内に零れ落ちたかと思うと、トントンと雷蔵の肩を三郎が軽く叩き、あまりにも近い二人の距離をさりげなく離した。

「あのな、雷蔵…天然タラシもいいがほどほどにしろよ」

「え?」

「…リョウが死にそうだ」

わけが分からないと言った表情でキョトンと目を丸くした雷蔵に呆れたように笑ってみせながら、バシン!と静止しているリョウの頭を三郎が叩く。ハッと我に返って三郎へ文句を言おうと口を開くが、その拍子に視線の片隅に雷蔵が写り込んだのか、たちまち赤面したままパクパクと口を金魚のように開閉し、慌しく本棚の影へと逃げ込んだ。

「し、死ぬかと思った…悪い鉢屋ありがとう…!」

「っとにお前らは面倒くせぇな」

「?なんだかよく分かんないけど…」

「まぁ、話を戻すか…つまりだな、番長は次の追試を落とすと留年の危機があるってことで、んでそれをどうにかするには今から猛勉強するしか手はない」

リョウの隠れる本棚へと背を預け、三郎は腕を組みつつ話をまとめる。三郎の言葉にひょっこりと顔を出しながら、リョウはうんうんと大きく頷く。

「でも番長は授業にもロクに出てなかったせいで、ぶっちゃけ内容に関してはもう個人でどうにかできるレベルじゃない」

「…わ、悪かったな…」

「そこでだ、この番長の窮地を打開するにいい案が一つある」

三郎の言葉に、リョウは一瞬ポカンと目を丸くするものの、たちまち先ほどとは打って変わって瞳を輝かせると三郎へと食いつく。

「な、本当か!鉢屋!」

「なんだよ?いい案って」

「どういうこと三郎?」

「それはだな…おい兵助!お前今週の日曜は暇か?」

三郎の問いに、今まで図書室の片隅で本の虫と化していた兵助が顔を上げる。一瞬空中に視線を彷徨わせたかと思うと、コクリと一つ頷いた。

「暇」

「よし、お前の家に押し掛けるがいいか?」

「あ?別にいいけど?」

するすると目の前で交わされる三郎と兵助のやり取りに付いていけないリョウ達を尻目に、三郎はよーし決まった!と意気揚々と三人を振り返ると、ビシッと指先を突きつけた。

「いいかお前ら、今週日曜10時に兵助の家に集合だ」

「集合って、何する気なのさ三郎」

「まぁ暇だからいいんだけどな俺は別に」

雷蔵と竹谷の言葉に意味深な笑みだけを返すと、三郎はリョウへと視線を向けた。

「まぁ雷蔵の言った通り、まだまだお前には学校生活ってものを楽しんでもらいたいからな」

「…鉢屋…」

「というわけで、俺は数学。んで雷蔵は古典」

「…は?」

「ハチは生物しか脳がないからいいとして、兵助はまぁ全般できるからその他か」

「いや…何の話だ?」

訝しげなリョウへと、三郎はにんまりと笑ってみせた。



「勉強会するぞ」



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