「なぁ、前から思ってたんだけど何で番長は番長なんだ?」

よく晴れたとある昼休みのことだった。向かいに座っていた竹谷が特大サイズの焼きそばパンを飲み下しながら、唐突にそう尋ねられる。まさかの問い掛けに一瞬目をパチクリと瞬かせてしまうが、自分の口の中の菓子パンをゴクリと胃に収めながら、うーんと視線を泳がせながら唸ってみせた。

「な…なんだ突然…」

「ん?単純な興味関心」

ニッと笑いながらそう切り返されてしまうと何とも言えない。別に隠すようなことでもないから白状しとしまっても問題はない。ない、が。この話をすると自分のアホっぷりを自白しているようで何だか物凄く居たたまれない。ちらりと不破に視線を移す。特大の重箱のような弁当を抱えながら、わぁ僕も聞きたいなんてニコニコあたしに向かって笑顔を向けている。不破があたしに興味を…!なんて喜んでいる場合ではなく、こんなこと話してしまって本当に大丈夫だろうか。はっきり言って馬鹿にされこそすれ、誉められる話ではない。口篭もるあたしを急かすように、竹谷がなぁなぁと詰め寄った。うううと口を引き結びながら押し黙ってみるものの、皆の視線が集中しすぎていてついにあたしは押し負けた。もっとも、久々知は弁当に夢中らしくこちらを見もしていないが。沈黙を守っていた口が、ゆっくりとその時のことを語り始める。


番長と呼ばれ始めたのは、中学生の頃のことだった。


当時、あたしは今ほど周りから遠巻きにされていたわけでも誰も彼もにビビられるような人物ではなかった。ちょっと色々あってスレてたあたしには当たり前かもしれないけれどもやっぱり女友達なんかはいなかったし、いつも一人だったことに変わりはなかった。ただそんな見た目だったせいか普通の女子に比べたら少しばかり喧嘩を売られやすくて、そんでもって少しばかり喧嘩が得意な、そんな普通の中学生だった。

「…普通の女子中学生は少しも何も喧嘩自体売られねぇし、得意でもねぇだろ」

「おい三郎、そこはつっこむな」

中学生の時に、先輩にちょっと派手な女子軍団がいた。何故かいつも集団行動していて趣味が気に入らない生徒の呼び出しなんていう、あたしの中学校で当時中心となっていたグループだった。一番初めにふっかけられた喧嘩は実を言うとその先輩達だった。別に喧嘩が得意だとかそういうあたしのようなタイプの人間ではなかったから、きっと目的はただの呼び出しの標的という認識だったのだろうが。あたしの態度とか目付きが生意気だと呼び出され、意味の分からないことで説教を喰らい、そういうわけで当時の導火線の短いあたしにはすぐに着火して爆発してしまうことは容易かった。先輩とかそんなこと関係なく言い返したあたしを憎々しげに見つめ返した先輩達は、何でか知らんが数日後にその先輩の彼氏とやらにあたしを呼び出させた。女子中学生一人に対して男数人という手加減の無さである。今思い返してもあたしが先輩の彼氏とやらに呼び出される筋合いというものが全く分からないのだが、向こうが突如として拳で事を解決させようとしてきたので、こっちもそれに対抗して拳で反撃した。あたしからしてみればただの正当防衛のはずだった。ちょっと喧嘩が得意な女に殴りかかってきた向こうが悪いと思っていた。結果はあたしの勝利で、あまりの手応えのなさに拍子抜けしたわけだが。そこからどういうわけか噂を聞きつけた連中から、帰り道に待ち伏せ夜襲奇襲に遭うわ、どうにかしてあたしを潰そうと男女関係無く噂を聞きつけては喧嘩を吹っ掛けてくるわ、散々な毎日の始まりだった。

「そういうわけで来る日も来る日もそいつらを返り討ちにしてたら、いつのまにかこの地区の番長なんて呼ばれてたんだ…」

「…そ、そうか…」

遠い目でそう語るあたしに、竹谷が口端を引きつらせながらそう返す。確かにあたしが引っ張り込んできた切欠だったのかもしれない。けれどもやり返さなければこちらがやられてしまうだけなのだ。黙って殴られるのはあたしの趣味ではないし、第一腹の虫が治まらない。

そんなあたしだったが、このままではいけないと性根を入れ替えようとは努力した。このままじゃ将来いいことなしだと思って、この高校に入って脱不良を目指すためにそりゃもう死ぬ気で勉強に明け暮れた。本当はあたしだって友達と色んな話に花を咲かせるだとか、普通の高校生ライフっていうものを味わいたかった。だから一生懸命勉強して、この学校に入学した。ああ今日から脱不良の普通の高校生としての生活が始まる、そう期待に胸を踊らせたその日の朝だった。

「中学の時の噂が出回って、入学早々あたしの理想的な学校生活はものの見事に崩れ去ったんだ」

「つまり…」

「入学早々喧嘩吹っ掛けられた」

「リョウ、お前…」

不憫な奴めと鉢屋が心底可哀想なものを見るかのような視線で見つめてくる。視線がうざい。しっしっと鉢屋の視線を払いながら、空を見上げた。あの時も結局何も変わらない現実にうんざりして、自分の思い描いていた理想だとかそういうもの全部捨て去って、あたしは番長と呼ばれる道を選んだわけだけども。ちらりと空を映していた視界を戻して、周りを見渡す。苦笑いをしている竹谷やら未だ弁当に夢中の久々知、哀れみの視線を送る鉢屋と、そして。

「今は、少し理想に近付いた?」

そう柔らかく微笑む不破達が、あたしの周りにはいる。不破の言葉にあたしはぐるりと視線を見回した後、自分の手の中に未だ握られたままの菓子パンへと視線を落とした。友達と、些細な話に花を咲かせたり、こうやって昼飯を持ち寄ってみんなで食べたり。あたしの憧れたもの達は、今こうやってあたしを取り巻いている。

「…あぁ」

照れ隠しにわざとしかめ面をしてそう返せば、お見通しだったのかみんなも揶揄するように笑う。久々知もようやく弁当から顔をあげると、一瞬キョトンとその大きな目を瞬かせると、つられたように薄く微笑んだ。あいつ絶対話の内容半分も理解して無いくせに何であんなに綺麗に笑ってんだ。美形っていうのはこれだから困る。



情けない武勇伝




あたしの描く軌跡に、どうか少しでもみんなの未来が重なりますように。

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