「改めて…この学校の噂の番長、佐々木リョウだ!はい張り切って一言どうぞ!」

「よ、よろしく…」

肩をバシンバシン痛いくらいに叩きながら、鉢屋が目の前の久々知と竹谷へ向かってあたしを紹介してくれる、が。どうにもこいつのこのテンションに付いていけないあたしは、若干戸惑いながら一言呟いてみた。すると、何故か落胆したような表情で深く溜息を吐かれる。な、なんだよ。

「お前…あのなぁリョウ、第一印象って大事なんだぞ。『なめんじゃないよ!』とか番長っぽい台詞言ってインパクト与えないでどうすんだよ、本当に一言で済ますヤツがいるか」

「…そういうもんなのか、不破?」

「あーもうまたいい加減なこと言って…いいからねリョウちゃん、三郎は無視して」

「雷蔵!俺は人付き合いの苦手なリョウを配慮してだな!」

「よ、余計な気を回されなくてもあたしにだって挨拶ぐらい…!」

「嘘付け!俺と初対面でメンチ切りまくってたのはどこの誰だよ」

「あ、あれはお前が!」

「ホラホラ、リョウちゃんも鉢屋もケンカはしないの!」

ぎゃんぎゃんと噛み付くようにあたしと鉢屋は言い合うが、不破の一言にどちらもむぐぐと口を噤まざるを得ない。なんというか、さすがこの鉢屋と長い付き合いというべきなのだろうか。あしらい方に慣れていると思ったのは気のせいか。視線だけで静かに戦っていたあたしと鉢屋だったが、やがて響いた誰かの噴き出すような笑い声にふと視線をそちらへと向けた。

「番長って、もっとこう色々噂聞いてたけど、案外普通に面白いヤツなんだな」

ゲラゲラと竹谷が腹を抱えて笑っている。その傍らの久々知も、あの無表情に静かに笑みを滲ませながら微笑んでいた。随分と対照的な二人だが、気心知れているとでも言うのだろうか。この4人の間に流れている空気は随分とあたしに優しい。

「一緒のクラスだけど、佐々木さんが喋るの初めて聞いたかもしれない」

やがて、久々知があたしへと視線を送りながらそう呟いた。確かに、クラスで話すことも話しかけられることもなかったから当然と言えば当然かもしれない。あたし自身も、久々知と話すのなんか初めてのことだったし、こうして穏やかな表情を向けられていることもあのクラスじゃありえなかったことだ。あたしも、こいつの黒板に解答を書いている後ろ姿か誰かに話しかけられてる横顔しか見たことがなかった。なんか、天地が引っ繰り返るみたいだ。昨日と今日、あたしが見ている景色はまるで変わっている。

ざわりと風が吹き抜けて、あたしの髪を揺らす。地面に色濃く落ちている影はあたしを含めて五つだ。初めはたったの一つだった。それがいつの間にか二つになって、その内三つになった。そして、今は五つだ。

「まぁ、コイツは確かにケンカっ早いし目付きも悪いし口も悪い」

「鉢屋お前…それは宣戦布告かそうなのか」

「だああその握りこぶしをしまえ!お前とケンカは洒落にならん!」

逃げ足だけは速い鉢屋が、サッと久々知の後ろへ隠れる。さして興味のなさそうな久々知は我関せずを貫きながら背後の鉢屋の襟首を掴むとひょいと隣の竹谷に押し付けていた。竹谷はそのたくましい腕を鉢屋の首に回すと笑顔でヘッドロックをかけていた。

「おおお!よくやった竹谷!いいぞもっとやれ!」

「ギブギブギブ…!ハチこの馬鹿力…!」

「なんかいったか三郎ー?」

「ら、雷蔵ー!助けてくれ!」

「自業自得でしょ?本当にもう一言多いんだから三郎は」

やれやれと言った様子で不破はプロレス技を掛け合う鉢屋と竹谷を見遣ったが、やがてこちらへ視線を向けるとニコリと微笑んだ。跳ねるように心臓の音が大きくなる。顔が熱くなるのを自覚する。不破の前だけだ、こんなことになるのは。きっと、一般的には綺麗な顔をしてるのだと思う久々知に話しかけられたって、こんな風に心臓が痛くなるような感覚はなかったはずだ。ぎゅうっと制服の胸元を握り締めながら必死にこのわけのわからない感覚と戦っていれば、ふと不破の静かな声が耳に届いた。

「三郎もね、ああは言ってるけど、今日リョウちゃんも呼んで兵助とハチに会わせよう!って言ったのも三郎なんだよ」

「え…?」

「兵助もハチも、噂なんかで相手を判断するような人間じゃないから、きっとちゃんとリョウちゃんと向き合って、自分で相手を知ろうとするよ。だから、リョウちゃんも二人と仲良くなってくれれば、僕も嬉しい」

「……………」

初対面にも関わらず、あたしに臆面もなく誰の目を気にすることもなく接してきた久々知。そして不破や鉢屋へ向ける笑顔と変わらないものを、あたしへと向けた竹谷。きっと、ちょっと前のあたしだったら、何なんだと突っぱねていたものだ。それを、するりとあたしの中に滑り込ませて、そして静かに埋め尽くしていく。

「噂なんて気にしないで、リョウちゃんはリョウちゃんだよ」

あたしの世界を変えたのは、この笑顔なんだ。



「おいリョウ!雷蔵と和んでないで俺を助けろ!」

「お、佐々木も参戦するか?意外に強そうだな!勝負してみっか!」

「ハチ、お前の馬鹿力じゃいくら番長な佐々木さんでも骨折れる」

静かな月と、明るい太陽。対照的な二人に、あたしはふとそんな印象を持った。二人へ視線を向けて、そしてもう一度不破を見つめ返す。ニコリともう一度微笑まれて、その笑みに背中を押されるように、あたしは二人の前へと自然に足を踏み出していた。

「た、竹谷と久々知!」

「…?」

「なんだ?プロレスか?」

キョトンとした顔が向けられ、思わず押し黙りそうになるがぐぐっと堪える。ちくしょう、鉢屋の言ったとおりあたしって人付き合い苦手だったのか!?そんなことはないと自分に言い聞かせて、必死で頭を働かせる。そこへ鉢屋の一言が蘇った。第一印象は大切なんだとかなんとか、そんなことを言っていた。

すうっと、大きく息を吸い込んで、汗の滲んだ掌をぎゅうっと握り締める。自分の居場所はきっと、壊すことより築くことの方がずっとずっと難しい。崩していくことしかできなかったあたしにとって、初めてできた守りたい場所だ。それならあたし自身だって、変わる必要があるはずなんだ。

「あたしは、確かにケンカばっかしてるし人付き合いも苦手だ!で、でも…ちゃんとあたしは変わるから!信じてくれたらきっと応えるから、だから、」

しどろもどろになって、それ以上の言葉が出てこない。それでも、しっかりと真っ直ぐな視線をあたしへ向ける二人に泣き出したいような気持ちになる。なぁ、あたしの必死の声に、ちゃんと耳を傾けてくれている。そんな世界を、あたしは知らなかった。不破に出会わなかったら、きっと知らないままだった。

満面の笑みを、竹谷が浮かべる。その隣で久々知が表情を緩めて微笑む。

「よろしくな!リョウ!」

「リョウとは同じクラスだし、仲良くしてくれな」

「お、おう!!」




月と太陽





そして気付いた。
あたしはやっぱり、一人ぼっちが寂しいと心の奥深くで感じていたんだ。




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