「番長って、佐々木さんのことだよね?」

昼休みへ突入した四限目の終了後のことである。さて今日の昼飯を買いに行かんと財布を握り締めたあたしの目の前に立ちふさがるように、1人の男子生徒が現れた。

「…あたしに、何か用か」

線が細く、白くて睫毛のやたら長い何か女顔負けに綺麗なこの男は、確か同じクラスのヤツだ。くく…何とかって珍しい名字だった気がするけど。授業でもスラスラっと解答する様を見たことがあるし、物静かで淡々としたとこもあるけど、大人っぽくていいよねとか何とかかんとか女子が言ってるところを小耳にも挟んだことがある。つまり、あたしとは正反対の人間ってことだ。

そんなヤツが、一体何だってあたしに関わってくる?訝しげに相手を見つめるが、無表情過ぎて何考えてるんだかサッパリ分からない。そんな優等生の代名詞があたしみたいな不良に話し掛けるという異常事態が起こった教室内は、気が付けばしんと張り詰めたように静まり返っていた。面倒臭いことになったと舌打ちをしながら周囲を見渡せば、ばばっと視線が逸らされる。そんな周りの空気に気付いてるのか気付いてないのかサッパリ分からないが、変わらない表情をあたしへ向けながらやがてついて来いと言わんばかりに視線で促される。

「ちょっと一緒に来て」

そう短く告げると、さっさとどこかへ歩き去ってしまう。何なんだ一体…ポカンとその背中を見つめてしまうが、慌てて我に返るとその後ろを追い掛ける。優等生が何の用だ、まさかタイマンか?あんな優等生がか?いや、最近は色んなヤツがいるから分からん。あいつは優等生だから、最近学校へ顔出しては教室内を戦慄させるあたしに腹を立てたということも考えられる。いや、そうに違いない。

(それにしても、あたしもナメられたもんだ)

そう前を歩くそいつの後ろ姿を頭の天辺から足までジロジロ見回し、むっと顔をしかめる。確かにあたしはこいつより背は低いかもしれんが、こんなひょろっとしたモヤシ野郎に負けるほど弱いつもりもない。こちとらこれでも現役番長だ。お前とはくぐり抜けた修羅場の数が違うんだ。大体なんだって今からタイマン張るっつーのに弁当持ってんだ。余裕かこの野郎。あたしを倒したうえでのランチかこの野郎そうはさせるか。ギラリとその後ろ頭を睨み付けながら後をついて行けば、気が付けばそこは屋上の扉の前だった。

「お、屋上…?随分広い場所でやるんだな…跳び蹴りし放題じゃねぇか」

「…跳び蹴り?」

「じゃあ回し蹴り」

キョトリと首を傾げているそいつに言うが、ますます首を捻って返される。何だよじゃあジャーマンスプレックスか?

何を言っているのか理解できないとでも言いたげに訝しげな表情を浮かべたそいつは、おもむろにドアノブへと手を掛けると何の躊躇いもなく開く。今からタイマンだっつーのに随分肝の据わってることだ。もしかしたら、今までで一番の強敵になるかもしれない。ドキドキと緊張に乱れる鼓動を宥めながら、一分の隙も見せないように屋上の風に揺らいだその黒髪を睨み付ける。ふと、不破と鉢屋の顔が過ぎる。あたしは、あの2人がくれた居場所ですらも、今こうしてぶち壊そうとしているんだ。そう思うと、チクリと胸が痛んだ。まさか、これを走馬灯とか言うんじゃなかろうな。縁起でもない、と頭を振ったその時、目の前で扉を開けた黒髪の男がくるりと振り返り、あたしは思わず体を強ばらせた。

ところが、その振り返った男の向こう側の光景を見て、あたしはポカンと目を瞬かせた。

「………は?」

「三郎、雷蔵。約束通り連れてきたぞ」

「ありがとう兵助」

「おーうリョウ、遅かったな」

「おほー!これが噂の番長か!」

「な…な…、なんだこれ…?」

思わず漏れたその言葉に鉢屋ははぁ?と眉を寄せる。入り口付近で突っ立ていたあたしを置いて、黒髪のやつはさっさと不破達の元へと歩いて行ってしまう。

「なんだこれって…兵助から聞いてないのか?」

「一緒にお昼食べようって、兵助同じクラスだからリョウちゃん誘ってくるように言ったんだけど…」

そう返された不破と鉢屋の言葉に、あたしはガクリとその場へ膝をついた。あ、あたしはてっきり…

「タイマンの申し出かと…!」

「何でそうなるんだよ!」

「兵助…一体どんな誘い方したの…」

「至って普通にだけど?」

「兵助の普通は俺らにとっちゃ理解不能だからなぁ、大方用事も告げずにちょっと来いって呼び出したんだろ」

なぁ?とボサボサ頭を揺らしながら見覚えのない男がニカリと笑う。その通りなんだが何だお前はエスパーなのか。そう驚いてみせれば、ほらな!と不破達へ向けて自信満々といったように笑って見せた。兵助と呼ばれる黒髪とは違って、ガタイもいいしハツラツとした印象だ。

そんなことより、

「な…なぁ鉢屋、誰なんだコイツら」

「ん、おぉ悪い悪い。言い忘れてた。リョウに紹介しようと思ってたんだ」

そう言って、鉢屋は黒髪とボサ髪の間へ割り入るとガシッと肩を寄せた。

「お前と同じクラスのこいつが、久々知兵助」

黒髪の方が、パチリとその長い睫毛を瞬かせる。やや遅れてポツリとよろしくと返された。

「んでこっちの声でけぇのが、竹谷八左ヱ門」

「声でけぇは余分だろうが!」

「事実だろ」

「まぁまぁまぁ…この2人も、僕らの友達だよ」

不破が苦笑しつつも2人を宥める。そんな2人を余所に隅の方で久々知はいそいそと弁当を開いていた。な、なんだお前そのフリーダムっぷり。唖然としたあたしに気付いた久々知は、ん?と顔を上げるとその手に持っていたそれをずいっと差し出した。

「欲しいのか?ガンモにおから、豆腐もあるぞ」

「豆腐ばっかじゃねぇか!!」

「噂の番長も、お…俺と同じツッコミを…!意外に常識人だ!」

「てめぇコラ竹谷つったか、この弁当にそれ以外何てツッコむんだよ!あたしを何だと思ってんだ」

「番長」

「そーいうことじゃなくてだな…!」

「豆腐美味いのに」

「だからそーいうことじゃねぇって!!」

両側から浴びせられる集中業火にゼーゼーと肩で息をしてしまう。な…なんなんだコイツら本当に…ぐったりしたあたしの視界に、不破のニコニコとした笑顔を映る。途端に今度は違う意味のゼーゼーが現れてきた。ぐおお…発作!ここで発作か!

「地面に這いつくばって何してんだリョウ、ところでお前昼飯だっつーのに手ぶらでどうすんだ」

「そこの豆腐野郎がタイマン紛いな誘い方するから持ってきてるわけないだろ、買ってくる」

「まだ売ってるかな…売り切れてたら僕のお弁当分けてあげるよ」

「ふ、不破の弁当…!」

正直喉から手が出るほどそっちの方が欲しいんだが…!っていうか不破の弁当は重箱なんだな、痩せの大食いってやつか。

「俺の豆腐も」

「気持ちだけもらっておく」

すっとそう言って豆腐フルコースを差し出されるが、何となく間髪入れずにそう返しておいた。弁当の中身が全体的に白か茶色だったんだが。あたしの気のせいか目の錯覚だと思いたい。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -