今日も特に代わり映えのなさそうな朝だった。ふわぁ…と欠伸を一つこぼしながら重い体を引きずり引きずり教室までの道のりを歩く。廊下ですれ違う友人達にやる気のない挨拶を返しながら歩いていると、背中から素っ頓狂にひっくり返った声がした。

「おおおおはよう不破!こ…この間はありがとう…!」

あまりの噛みっぷりに驚いて振り返れば、そこには驚きの人物がいた。

佐々木リョウ、ここら一帯を締めていると専ら評判の不良で、女だてらに喧嘩はマジで強いわ目つきは悪いわ一匹狼だわと数々の伝説と共にその名を轟かせる通称番長。ここ最近雷蔵の周りに出没するどうにも怪しいヤツだ。何を考えてるか分からないが、とにかく大事な友人である雷蔵に手出しされるわけにはいかない。俺と雷蔵の後ろ姿を間違えたのか挨拶してきた佐々木を睨み付ける。

「…ふ、不破…か?」

「へぇ、なんとなくは分かるのか」

「!?」

驚いて目を丸くしている佐々木に薄ら笑いを返してやりながら、体を向かい合わせる。こう見れば別に何てことない女なんだが、確かに他人の敵意には敏感なようだ。じり、と佐々木も体勢を僅かに変える。

「…間違えた、悪かったな」

「慣れてるからいいさ、それより佐々木リョウ、お前に聞きたいことがある」

「なんだ」

「最近雷蔵にちょっかい掛けてるようだが、一体何企んでやがる。返答によっちゃお前でも許さんぞ」

廊下の片隅で今にもタイマンが始まりそうな雰囲気の中、俺と佐々木が睨み合う。しかし俺の低い声で告げた警告に、予想外にも佐々木は首を傾げて見せた。

「企む…?何をだよ?」

「とぼけるな!」

「分からんやつだな、何も企んじゃいないのにお前が企んでるとか言い掛かり付けるからだろ!大体お前誰なんだよ」

「鉢屋三郎だ!この期に及んでしらばっくれる気だな…俺が何も知らないとでも思ってんだろ!一週間前、お前が購買で雷蔵に会って何か話してたことも一昨日図書室でお前が雷蔵を待ちかまえてたことも昨日お前が雷蔵に何か話しかけてたことも!俺は全部知ってんだよ!」

これでどうだ逃げも隠れも出来まいと一週間の佐々木と雷蔵の接触を挙げてみせる。ふんと勝ち誇りながら目の前の佐々木を見返してやれば、逆に俺が驚かされた。

目の前の番長は真っ赤な顔で口を戦慄かせていた。

「な……何で赤くなる?」

「うわああ!馬鹿野郎!お前のせいだろうが!こっち見んなばあああか!」

「いや…俺そんなお前が真っ赤になるようなこと言った覚えは…」

「うるさいうるさい!更年期なんだよちくしょう!」

「いや更年期ってお前」

そりゃ40代からを指すのであって断じて女子高生のような若者を指す名称ではない。ぽかんとする俺と真っ赤になりながら狼狽える番長という先ほどの緊迫感がまるで嘘のように奇妙な空気が流れる。なんだこれ。どうすりゃいいんだ。

「おはよう三郎、あれリョウちゃんも」

そこへまるで雰囲気の違うのんびりとした声が掛けられる。た…助かった…!ある意味で中心人物、しかし本人はまるで気付いていない友人の雷蔵がいた。

「ふ…不破!?こ…今度こそ本物か?!三人はいないよな!?会うと死ぬんだぞ!」

「俺はドッペルゲンガーか」

「あはは、もしかして間違えた?こっちは鉢屋三郎。似てるのはイトコだからだよ」

「そ…そうだったのか」

「確かに無理もないけどね、よく間違えられるし」

「悪い…」

「違う違う謝んなくていいって!あ…それよりこないだの怪我はどう?」

「…お、お陰でもうほとんど良くなった…」
「本当?良かった。怪我したらちゃんと手当てしなきゃダメだよ。僕不器用だからちゃんとしたのはしてあげれないけど」

「いや!いいんだ!その…これでいいんだ、だからまた怪我したら…その」

完全に2人の会話に入り込めない俺は、目の前で繰り広げられる何かむずがゆい展開に頬を掻いた。これは…もしかするともしかして。俺はどうやら大きな勘違いをしていたらしい。雷蔵の話題になると途端に真っ赤になる反応、そしてどうにか雷蔵との繋がりを持とうと必死な様子。これはどう考えたってあれだろ。番長、雷蔵に気があるだろ。

俺は必死に話している佐々木とまるで気付いてなさそうな雷蔵の間に突入して2人の肩に腕を回した。何だこの愉快な展開は。

「な…なんだお前いきなり…!?」

「いや、俺もお前と仲良くなろうと思ってなリョウ」

「勝手に名前呼び捨てんな!大体さっきと言ってること違うだろ!」

「まさか。仲良くやろうぜ、なぁ雷蔵」

「2人ともいつの間に仲良くなったの?僕も嬉しいけどね」

「……っ!よ…よろしく鉢屋」

「〜〜〜〜っっ!!」

まるで借りてきた猫のように不本意そうながらも呟いたリョウに俺は思わず爆笑したくなるが、肩を震わせるだけに留める。こりゃいい。今日からいいオモチャが出来た。その名を轟かせる番長、しかし恋すりゃただの乙女。

この鉢屋三郎、暖かくこの2人を見守らせていただきたいと思います。



無意識のゴング




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