真横を足早に擦り抜けていった、その人物に思わず眉根が寄る。ただの一生徒だったなら別にどうということはない。しかし今現在雷蔵と会話をしていた、逃げるようにここを出て行ったのはあの悪名高い『番長』だ。まさかとは思うが、雷蔵に恐喝紛いのことなんぞしてないだろうか。積み重なった返却図書を棚に戻していた雷蔵へ、なぁと声を掛けた。

「なに、三郎?」

「いや…今話してたのって、」

「ああ、リョウちゃん?」

「リョウちゃん…!?」

事も無げに言った雷蔵に、思わず俺は素っ頓狂な声音で返す。番長と呼ばれるあの女が本名を佐々木リョウということは知っていたが、まさか友人の口からとんでもなく似合わない呼称が出てくるとは思いも寄らなかった。リョウちゃんっていうか……いややっぱり番長だろ。

「し、知り合いなのか?」

「ううん、昨日会ったばっかり」

「な、」

絶句とはまさにこういうことを言うのだろう。確かに俺の友人である不破雷蔵という男はいい意味で大らか、悪い意味で大雑把なところがあるが。まさか我が校でもそりゃもう有名な不良を、よもや昨日会ったばかりで「リョウちゃん」なんて親しげに呼んでみせる。我が友人ながらなかなかに肝の据わってる、のだと思う。

「…お前、よく無事だったな」

「ええ?なんで?」

「知らないのか?あいつ、佐々木リョウ。この辺でも相当有名な不良だぞ。女だてらに喧嘩は強ぇーし、どこのチームにも属さないし、一匹狼だし、そんで付いたあだ名が『番長』」

「……はぁ」

「相当悪どいことやってただとか、裏世界ってやつに手出してるとか、あんまりいい噂聞かねぇから、あいつにはあんまり関わらない方がいいぞ?」

あいつに関わって雷蔵が巻き込まれでもしたらそっちの方が大変だ。触らぬ神に祟りなし、ならぬ触らぬ番長に祟りなし。不良は不良の世界で生きていればいいだけの話なのである。

「大体なんだって番長なんかに関わったんだよ、クラス違ぇしあいつあんまり学校来ねぇじゃん」

「あぁ、昨日ね…バイト中に手当てしてあげたんだよ」

「は?手当てって……誰の?」

「誰って、リョウちゃんの」

キョトンと首を傾げる雷蔵に、ぽかんと開いた口が塞がらなくなった。バイト中って…雷蔵のバイト先ってあの古本屋だろ?古本屋に番長…?いやいやいや意味が分からない。

「昨日、バイト中にリョウちゃんが逃げ込んで来たんだよ、何か前に喧嘩した相手から逃げてるらしくて。そしたら膝とかほっぺとか、色んなところに怪我してるから…放っとけないでしょ?」

「放っとけないっていうか……」

なんでこうも人が良いのだろうか、不破雷蔵というやつは。普通追われてる人間そのまま匿ったりしねぇだろうよ。それをさも当然だとでも言わんばかりの勢いだ。俺にはとても真似できない。

「それにね、多分言うほど悪い子じゃないと思うよ」

「…………?」

「さっきのは、わざわざ昨日のお礼を言いに来てくれたんだよ」

「は、あの佐々木リョウがか?お礼参りじゃなくてか?」

「まさか、『昨日はちゃんと礼もできなくて悪かった』って、昨日も今日もお礼してくれたんだよ」

雷蔵の口から紡がれる『佐々木リョウ』に、どんどん自分の中の人物像が霞んでいく。あの天下一品の不良がそんな礼儀正しいわけがない。あいつは悪名高い番長だぞ。それとも義理人情には厚い、そういうタイプなのか。

喧嘩早くて、口も態度も目つきも悪い。折り紙つきの不良である彼女が、わざわざ礼をするためだけにこんな場所までやってくる。それこそまさに、想像の限界を超える出来事だ。全くの未知数。

「きっと、何か事情があるんじゃない?」

うんうんと唸りだした俺に苦笑しながら、雷蔵は諭すように言った。あの番長の事情なんか今まで考えたことも無いが、雷蔵が言うならそういうこともあるのかもしれない。まぁ、恐喝とかそういう目に遭ったとかじゃないなら、いいけども。有無を言わさない雷蔵の笑顔に、俺は仕方なく口を噤んだ。



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