昔からそうだった。やる事成す事全部裏目に出て、偶然なのか必然なのか厄介ごとばっか舞い込んで。あたしは別に普通に過ごしてるつもりだったのに、気が付けばこんな生活が日常になって。戸惑っている間に流され流され、最終的に何故かあたしはこの地区の番長になっていた。傍にいたのは友人じゃなくて舎弟。待ち伏せされるのは青春的なそれでも何でもなく暴力的呼び出し。面と向かうのはタイマンの合図。 根っからの不良のあたしには、それがもう当たり前の毎日だった。だからそう、こうやってタイマン帰りでボロボロになったりするのも、当たり前の日常だった。 「あ〜…くっそ、今日はちょっとやり過ぎたか…」 真っ赤に腫れ上がった頬に、夕暮れ時の風は心地よい。飛び蹴りの際に勢いあまって着地に失敗した膝がヒリリと痛んだ。歩くたびに振動が微妙に痛くて、思わず足を引きずってしまう。ちょっと今日は派手にやりすぎたかもしれない。なんでこんな怪我だらけかと言われれば、それはもちろん今日も今日とてタイマン帰りだからである。もちろんあたしの完全勝利、若干怪我は負ってるものの相手のトップは潰してきた。その代わりに今日は人数が人数だったのかもうヘロヘロだ。さっさと家に帰ってこの怪我の手当てもしてしまいたい。ああでも、このまま帰ったらばあちゃんはびっくりするだろうな。何処か公園でせめて血だけでも洗ってから帰宅した方が良さそうな気もする。さてどうするか、と足と疲れた体を引きずり引きずり歩いていたその時だった。前方から歩いてくる見覚えのある制服に思わずげっ!と呟いてしまった。 (こ、こないだ喧嘩吹っ掛けてきた隣町の学校の奴ら!!!!) あの制服に顔は大変見覚えがある。その証拠に彼らの顔には未だに絆創膏やらテープやらがくっついていた。やばい、やばいぞ!今ここで見つかったら確実にあの時のお礼参りって展開になるんだろう。別に負ける気はないんだけども、今のこのヘロへロズタボロな状態で仕掛けられたら万が一ってことも在り得る。ってことは、今ここであいつらと鉢会うのは物凄くまずいことなんだ。 (どっか、ひとまず隠れないと…!) まだ距離はある。あっちはあたしに気付いてない。キョロっと辺りを見渡せば、すぐ傍に古本屋。しめた!あいつらに気付かれないように忍び足でその古本屋へ駆け寄る。様子を伺いつつ、古本屋のガラス扉を開けてするりと滑り込む。入ったと同時にガラス扉にへばり付いてあいつらの様子を伺った。こちらに気付いた様子もなく、店の前を通り過ぎていく。出来る限り、気配を殺してあいつらが角を曲がって消えるまで視線で追った。 「よし、気付かれなかったな」 「何が?」 「うおおおおお!!?」 叫び声と共に思わず本棚に背中を打ち付けて物凄い音がしたが、それよりも自分の心臓の音の方が五月蝿かった。全力で胸壁を叩いている。慌ててその声の方へ視線を向ければ、きょとんと首を傾げたエプロン姿の男が立っていた。エプロンにくっついているネームプレートには、『不破』という文字。不破と言うらしい店員は、困ったように眉を下げて笑った。 「あ、ごめんねびっくりさせちゃって」 「いいいい、いきなり声を掛けるな!あたしの後ろに立つんじゃねぇ!」 「(ゴルゴ13?)ごめんね、お客さんかと思って」 「お客…?……!!!」 そ うだった、慌てて古本屋に飛び込んだんだった。ということはこいつは店員か。むしろ入店そうそう奇怪な行動を取り始めたあたしをしばらく見守っててくれたことの方が驚きだ。余所なら即追い出されているだろう。 「わ、悪い…ちょっと事情があって……すぐ出て、」 「その傷どうしたの!?」 「……は?」 「わ!膝も擦りむいてるし!手当てしないと!」 「よ、余計なお世話だ!」 「何言ってるの!女の子がこんなに傷作ってるのに放っとけるわけないでしょ!!」 ちょっとそこで待ってて!そう言うと店の奥へと引っ込んだ不破という店員に今度はこちらがキョトンとさせられる番だった。まさかあんなに強気で言い返されるとは思っても見なかった。大抵あたしが敵意剥き出しで接すれば、相手は怯んでどこかへ行くか逆上して殴りかかってくるかのどっちかだった。それが、どうしたんだ。まさかあんな温和そうな男に言い包められるなんて…予想外の事態だ。おまけに、さっきあの男一体何て言ったんだ?あたしを『女の子』とか言わなかったか?男女関係なく喧嘩を吹っ掛けられて返り討ちにして、そんなことばかりしていたあたしが『女の子』だって?ぶっちゃけ、女の子扱いなんて久しぶりにされてなんだかすごくむず痒くなった。 「お待たせ!はい、膝見せて!あと頬にはこれ当ててね」 はいっと渡されたのは氷の入ったビニール袋。渋々受け取ってそっと頬に当てれば、ピリッと痛いのか冷たいのか分からない感覚が頬を刺激した。ひええええー!!効くなこれ!!思っていたより頬の腫れはひどかったみたいだ。そりゃあんだけモロにカウンター食らえば当然か、はぁ…と溜息を吐きかけたその時、膝を刺すような痛みが奔って思わずあたしは声に無い声を上げた。 「…〜〜〜!!!?い、いだああああ!?」 「あ、ごめんね?沁みるよ?」 「言うのが遅ぇよ!!!やってから言うんじゃねぇぇ!!!」 消毒液片手ににこりと微笑んだ店員に半泣きで訴えるも何処吹く風。何なんだコイツ!というかなんであたしにビビんねぇんだよ!こんな奴今までいなかったからどう接していいか分からん!慣れないことだらけで頭がパンクしそうだ。 「…その制服、大川学園だよね」 「あ、…あぁ、まぁ…」 「そっか、僕と同じ学校なんだね」 「!?お、お前も?!」 「うん、今1年生」 「お…同い年…」 まさかの同級生だったとは思わなかった。そもそも真面目に学校に通ってないんだから当然か。出席日数ギリギリなあたし。行こうという気はあるのだが、大抵邪魔が入る。何だか改めて思い返して若干切なくなった…あたしって本当に根っこからどうしようもない。 「さっき隣町の学生が通ったけど…知り合いだったの?」 「………い、いや…」 「ん?じゃあ何で隠れたの?」 「……ま、前に喧嘩で…」 「…………………」 「………………」 ち、沈黙が痛い…何で黙るんだよコイツ。素知らぬ顔しながら、どうせこいつもそのうちこうやって言うんだ、「本当にどうしようもない女だ」って。言われることなんてもう慣れっこだし、あたし自信も自分で自分をどうしようもない奴だって思ってる。けれど、そんな本人が十分自覚してることを、わざわざ目の前に突き付けなくたっていいじゃないか。あたしだって、なりたくてこんな風になったわけじゃ…… 「今度怪我するようなことがあったら、ちゃんとこうやって手当てに来てね」 「……!」 にっこり、そんな擬音が聞こえそうなほどに柔らかく、そして暖かく微笑んだ『不破』という男。そんなこいつの不意打ちの笑顔に、何故かあたしの脈が速まる。ドキドキと全速力で走った後みたいに、何かもう音漏れしてるんじゃないかってくらいに五月蝿い。何だってんだ一体、あたしの心臓はもしかして壊れてしまったのだろうか。何も無いところで動悸がするって、それ更年期だろ。CMでやってたぞこの間!更年期か更年期なのか!っていうかそもそも更年期ってなんだ。何も無いところで心臓がバクバクすることか。 そうか、あたしは更年期なんだ!! 「いい?」 「だ、誰がお前の世話なんかに…っ!」 「ん?」 「うぅぅ……わ、分かった」 きょとんとした顔を向けられても、それ以上何も言えなくなるって一体どうしたことだ。小さい声でわかったと返したあたしの言葉に満足したのか、にこりともう一度笑みを向けられる。直視できなくて内心ヒーハー言いながらガバリと顔を真下へ俯かせた。あああ何なんだあたし一体どうしたってんだ。ちょうどその時、視界に膝を手当てする不破の手が見えた。消毒液を思い切りぶっ掛けられた時はもう本当にどうしてくれようかと思ったが、ガーゼの上からくるくると包帯を巻く手つきは優しい。 だが、それにしても… 「…包帯、随分大雑把に巻くんだな…」 「え?そうかな…」 やけに幅を取られて巻かれている上に、若干雑だが、その優しい手つきに言葉は引っ込む。こんなに優しく手当てなんてしてもらったこと、今までなかったな…そういえば。そもそも手当てをしてくれる人がいないんだった…ああチクショー泣きたいぜ。 「はい、でーきた」 「………あ、ああああ」 「?あ?」 「あああああ、ありがと、な!!めめ、面倒かけて、悪かった!」 ちくしょうこの口しっかりしやがれ!なに噛みまくってんだよ!いっぱいいっぱいになりながらも、どうにかこうにか言いたかった言葉を伝える。お礼なんて言ったのも、久しぶりだ。 「…どういたしまして」 そんなこと言われたのも、久しぶりだ。『不破』がにこりと微笑んだせいか、あたしの更年期は再度急上昇。もうそもそも更年期の意味が分からなくなってきた。バクバクしはじめる心臓にもう耐え切れなくなって、逃げ出すように店を飛び出しかけた。 「また明日ね!!」 後ろから聞こえたそんな言葉に、ぽろりとあたしの目から飛び出したのは心の汗だった。 |