一目見て、自分とは関わることのない人種の女だとおもった。広くはないバッティングセンターの入口で受付台にぼんやりと肘をついて座る女。読んでいるのかいないのか、手元に放り出されたハードカバーの分厚い本がその雰囲気とちぐはぐで、妙に印象的だった。
ひとを見た目で判断するのは得意だ。そしてその判断は大体当たる。だから今回もきっとまちがいないはずだ。あの女は碌な職についていない。世間で言うところの、フリーターってやつだ。生まれたときから勝ち組の人生が約束されている俺とは、どうしたって関わることのない人種。ただそれだけの、たぶんどこにでもいるような、そんな女。
さて、飲み物を買いに行くと言って出て行ったバカ3人はいつ戻ってくるのだろう。


ポラリスの魔女 act.01


 平日夕方のバッティングセンターは暇な学生がちらほらとケージに入っているだけで、たいして賑わってはいなかった。ここへ寄る前にちかくのコーヒーショップで買ったエスプレッソはまだ温かい。馬鹿丸出しでバットを振り回していた他の3人はとうに手持ちの飲み物を飲みほして、外の自販機へ追加を買いに行ったきりまだ戻らなかった。こんな時間にこんなところでひとりで油を売っているなんて、あまりにも頭の悪い絵面で気が進まないのに。
成功が約束された人生というのは案外退屈なものだ。けれどそう言うとたいていの凡人は嫌な顔をするから表には出さない。馬鹿と凡人で溢れ返っているこの世の中では、彼らに疎まれることなく上へあがることができなければ真の成功とは言えないのだ。とても厄介なことに。
高校へ進学しても退屈な毎日は変わらなかった。この三年間にとくべつ何かを期待していたわけでもなかったから、どうということはないのだが。退屈しのぎにひとつ、欠伸を噛み殺す。

「マジサンキューなハル!」
「ははっいいっていいって!友達を助けるのは当たり前だ!」
「お前いいやつだな〜!」
姿より先に声が聞こえた。バカ3人はもうひとりバカを拾ってきたらしい。まもなく入口の自動ドアが騒がしく開いて、先頭のバカが上機嫌に笑いながら大きく手を振る。
「ヤマケン!ハルがジュースおごってくれたぞ」
「おお!ヤマケンも来てたのか」
「…お前らうるせえよ」
どうせ手持ちが無いとかなんとか理由をつけてハルにたかったんだろう。金なんかいくらでも持ってるくせに。わらわらと寄ってくる三人を適当にあしらってエスプレッソを口に運ぶ。すっかり生温くなった褐色の液体は喉元に引っかかるように嫌な余韻をのこして胃へ落ちていった。
「ん?絢音?あれ、みっちゃんは?」
ハルの声がやけに大きく耳に届いた。顔を上げると、受付台に乗り出したハルがその向こうに座る女にニコニコと話しかけている。ここの店長が奴の保護者代わりなのだから、店番の女とハルが顔見知りでもおかしくはないだろう。むしろ俺の興味を引いたのは、
「おかえり、ハル。満善が買い出しにいったから代わりに店番してるの」
見た目の印象よりもずっと砕けた口調とハルに向けるやわらかい笑顔。そして。満善、と紡ぐ声の甘やかさ。
「お?どしたヤマケン」
「…べつになにも」
顔を隠すように冷たい紙のカップを傾けて、トミオの不思議そうな視線には首を振っておく。余計なことを言えばその手の話が大好きなバカ共が好き勝手騒ぎ出すのは目に見えている。のに。
「あ、そーだ絢音!あいつら俺の友達なんだ」
「うん?へえ、ハル友達できたの」
「まーな!」
「高校の友達?」
「いや、ちげえ。つか高校は入学式から行ってねえし」
「ああ、そうだったね」
話の内容が内容なのに、絢音と呼ばれた女はあっさりとそう言って笑う。ハルの扱いに慣れているのか、単なる無頓着なのかよくわからない。年上の女と見て途端に色めき立つバカ共が受付台へ群れてゆくのを見送りながら、手に持ったカップの最後のひとくちを飲みほした。
「俺、綾小路昌弘ってゆーの!こっちはトミオとジョージね!」
「で、あそこの目付き悪い金髪がヤマケン」
余計な気を回したハルが失敬な紹介をするものだから、仕方なくニコリと笑って返しておく。この笑顔で女の扱いに失敗したことはない。
「よろしく、絢音サン」
「お手柔らかにね」
「うっは、ヤマケン振られてやんの」
「はあ?ざけんな」

相変わらず毎日は退屈だ。世の中は馬鹿と凡人であふれている。関わることのない人種だったはずの女の名前をひとつ覚えたところで、それが俺の勝ち組人生を左右するわけもなく。でもその響きは、からっぽの紙カップに染みついた焦げ茶色みたいに頭の隅にこびり付いて消えない。勝ち続ける俺の未来に、厄介事はごめんだ。

#01.やさしくないはなしをしよう
 
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