人間、風邪を引くとどこか人恋しくなるもので、それは普段獣を気取っている晋助とて例外ではないとわたしは思うのだ。実際、わたしたちがお見舞いと言う名の押しかけを謀ったときも晋助は文句ひとつ言わなかったし、今こうして勝手に晋助の部屋でくつろいでいるわたしたちにも何も言わないのは、彼も淋しかったからに違いない。当初の目的であった弱った晋助も十分堪能したことだし、ここからはお見舞いの本分である看病とやらをしてやろうではないか。

「晋助おでこ出して」
「はあ?」
「冷えピタ貼ったげるからおでこ出しなさいってば」
「いらねえよ、んなもんなくたって自力で直したらァ」
「はいはい、自力とか中二くさいこと言ってないでおでこ出しなさい」
「…」
晋助がむすりとした顔で長い前髪をかきあげる。あらわになった額につぶつぶ入りの冷えピタを貼ってやると、冷たかったのか晋助が僅かに顔を歪ませた。
今日ひとつわかったのは、弱った晋助は押しも弱いということだ。いつもだったらこんなふうに一方的にお世話をされることを、晋助はきっと嫌がる。けれどそれが今日は違って、一応、最後の意地なのか力の無い拒否をしてみるものの、結局はわたしにされるがままだった。素直な晋助というのもなかなか見どころがあるもので、新しい扉を開きかけたわたしは私事に楽しみつつ、かいがいしく晋助のお世話をしていた。
しかし、お見舞いという体でここにやってきたのはわたしだけではないことを忘れてはならない。
「…なあ」
「ん?」
「あいつらマジで何しにきたんだよ…」
晋助曰くの「あいつら」は、見舞いという名分放りっぱなしでリビングで何やらごそごそやっていた。開けっ放しの寝室のドアの向こうから銀時の声が聞こえてくる。

「あーこれ俺が高杉に貸したやつじゃねえか、あいつまだ見てなかったのかよ」
「お、見たかったやつじゃー金時、今から見るろー」
「おーいいな、高杉んとこテレビでけーからな、すっげえ迫力だきっと」
「まったく、一人暮らしとは思えん家だな」
「ほんとによー贅沢な坊ちゃんだぜ」
「まったくじゃー」
「「おまえが言うな」」

綺麗なユニゾンとアッハッハがリビングの空間に満ちる。ほんと、何しにきたんだあいつら。寝室のドアから銀時が顔を出した。パッケージから出したDVDを人差し指でくるくるしている。
「高杉ー、これ今から見ていい?」
「……別にいいけどよ、」
晋助がちらりとわたしを見た。何だろう。
「ん?」
「あ、絢音も見る?」
「あー、いやいいよ晋助ここにいるでしょ?それともリビング移動する?」
「…絢音が居んなら俺もここにいる」
おやおや何だろうこの付き合いたての恋人っぽい会話は。もしや、今まで晋助の世話をしていたわたしを気遣ってくれているんだろうか。晋助にしては気が回るようになったものだ。これも風邪の効能なのだとしたら、これから晋助には月に一度くらいのペースで風邪を引いていてもらえるとありがたい。
「じゃーテレビ借りるなー」
「晋助風邪引いてんだから音ちっちゃくしなさいよー」
「へいへーい」
銀時がぱたぱたとリビングのテレビの前へ駆けていく。その背中がうきうきしているのがわかる。なんだかちっちゃな子供みたいだ。
…その内容は、まったく子供ではなかったのだけれど。

『あっ、あっ…んん、もっと…あああん!』
「アンアンうるさいわァァァア!」
リビングのテレビの前に張り付いていた馬鹿三名を張り倒して、たいして可愛くもない女がアンアンうるさいテレビをブチ切る。馬鹿三名が名残惜し気な声を出したのでまとめて蹴り飛ばした。
「DVDって時点で薄々気付いてはいたけどね!女の子がいるとこでマジで堂々とンなもん鑑賞するほど馬鹿だとは思わなかったわ!」
「だから聞いたじゃねえか、絢音も見るかって」
「そういうことじゃないわ!しかも何だ音量40って!ここは映画館じゃねえっつの!百歩譲って音量絞って見ろ!」
「馬鹿だなァ、AV音量絞って見たら楽しさ4分の3減じゃねえか」
「いやいや、わしはミュートでもいけるきー」
「おまえは黙ってろもじゃ!」
「ちなみに今のは、【イケる】と【イける】を掛け」
「黙れェェエ!」
銀時以下三名が口々に文句の口上を述べてくるのだが、生憎わたしにはそれらを聞き入れてやれるほどの包容力はない。あってもこいつらには使わない。そもそもほんとは文句を言われる筋合いすらないのだ。
「じゃあ絢音、おまえ俺たちの楽しみの邪魔したんだから責任とってくれるんだよな?」
「はい?」
「うーし、絢音、腰立たなくしてやらァ」
「いっ、いやァァァア!4Pはいやァァ!」
「…さりげに4P所望すんな」

な、なんて奴らだ。獰猛にもほどがある。ターゲットを変更した補食者たちからどうにか逃げのびて晋助の部屋に飛び込む。いつもなら先陣切って危険な奴だけれど、なんて言ったって今日の晋助は可愛い可愛いうさぎさんなのだ。これ以上ないくらい安全な愛玩動物である。
「…何してんだテメーら」
「しっ、知らない…くっそ、あいつら…!ていうか晋助も!なんで変なDVDって知ってて見せんのよ!おかげでわたしは襲われそうに、」
「絢音」
「うん?」
わたしの言葉を遮って、晋助がひょいひょいと手招きをした。熱で力が入らないのか、とても緩慢な動きだ。わたしは招かれるまま枕元に立つ。晋助は自分のおでこを指してぼそりとつぶやいた。
「これ、もうぬるい」
「可愛……う、うん、じゃあ張り替えよっか」
「悪いな」
「な、何よ素直な晋助とか気持ち悪い」
晋助の前髪をそうっと上げて、熱を吸収しきった冷えピタを剥がす。そしてわたしは新しい冷えピタを箱から出そうと、晋助から目を離してベッドの隣の机に手を伸ばした…のが、運のつき。強い力に引っ張られ、それが晋助のものだということに気付いた時には、もうすでにわたしは晋助に組み敷かれていたのだった。
「ちょっ、何してんの…!大人しく寝とかないと治るもんも治らないんだってば!」
「だから治そうとしてんだろ、暴れんな体だりい」
「だから寝てなさいってば」
「知ってたか絢音、風邪ってのは移せば治るんだぜ」
「だからな…」
それはもう不可抗力。病体とは思えない力で押さえられたわたしの上半身。のしかかられて身動きの取れない下半身。この状況で、日頃のインモラルな行いにより培われた俊敏な晋助の唇に狙われたら、どんなアスリートだってお手上げに違いない。まったくもってその神速の唇は軽い尊敬に値する。それでも、当たり前のように絡められる舌はやっぱりいつもより高い熱を持っていて、それはわたしを押さえ付ける掌も然りだ。まるで熱を預けるようなキスから解放されてようやく喋ることを許されて、病人相手だということも忘れて文句を言ってやろうかと思ったのだけれど、わたしに反撃させる暇も与えず晋助は糸が切れたようにぱたりと倒れこんでしまった。
「晋助?」
「……」
強がっていた晋助も、さすがにどうやら限界が来たようだ。わたしの肩に乗った晋助の頭からは規則正しい寝息が聞こえてくる。邪険にするのも可哀相なのでそのままにしておく。ついでにその紫色の小ぶりの頭を撫でてみたりしていたのだが、
「絢音、さっきの叫び声なん、だ…?は?」
わたしの声を聞き付けたらしい捕食者共がどたばたと喧しく部屋に入ってきた。3人が3人ともわたしと晋助の恰好を見てぽかんと間抜け面を晒す。これは面倒な予感。
「なっ、何してんだ絢音!?」
「いや、これは」
「お前、俺らは拒否したくせに高杉はオッケーか?オールオッケーか?ああん?」
「ちょ銀時落ち着いて、晋助は熱が」
「うるせー、ンなもん関係あるかァ!だいたいよォ、いつもいつも高杉ばっか…」
「拗ねてしまったきー」
「めんどくさ、」
「…テメーらうるせーよ」
わたしが耳元で喋っていたせいか、風邪引き晋助くんが不機嫌そうに目を覚ました。ぶちぶちと拗ねていた銀時が即座に起き上がり、犯人を突き止めた名探偵よろしく、びしりと晋助を指さす。晋助がうざったそうに目を反らした。
「オイ高杉、テメー絢音に変なことしなかっただろうな、」
「おまえの変なことのラインがわかんねえよ」
「キキキキスとか、だなっ、」
「てめえみてぇなヘタレと一緒にすんな」
「なっ、てめえはいつもいつも!」
銀時は気持ち顔を朱く染めて晋助に食ってかかる。馬鹿らしいとばかりに顔を歪めた晋助が再びわたしの肩口にその顔をうずめた。やっぱり、熱い。

「高杉、お前まじで何もしてねえだろうな」
「してねえって、風邪うつしてやっただけだ」
「は?風邪?」
「人に移せば治るってな」
言うやいなや晋助は俯けていた頭を上げて再びわたしの唇に着地した。絡まる舌の熱さもさっきと同じだ。好き放題わたしの口内を貪った晋助は満足そうにわたしの肩にまたその頭を預ける。あとに残ったのは重たすぎる沈黙。やり逃げにも程がある。
結局そのあと、我に返って激怒した銀時に引っぺがされ、わたしは引きずられるようにして晋助宅を後にした。


「…なんでうつってねえんだよ」
3日後、ようやく復帰登校した晋助のわたしを見ての第一声である。わたしはふふん、と得意げに人差し指を振ってやる。ついでに晋助のマンションに行く前に寄ったドラッグストアで購入した風邪薬の瓶も振った。中の錠剤がしゃらら、と賑やかな音を立てる。
「変態単細胞の晋助が考えることくらいお見通しだっつーの」
「上等だコラ、絢音テメー今からきっちり犯したらァ!」
「きゃああああ、嘘ですごめんなさい、きっちりは嫌ァァァ!」
「…いやだからなんでお前ヤられるの条件的にしか拒否んねえの」

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