「絢音ー、おっはよ」
「あー銀時おはよー」
「おお絢音、髪が跳ねとるろー、頭貸しや」
「いたた辰馬、わかったわかった自分で直すから」
「お早う絢音、女子は身嗜みを大切にせねばいかんぞ」
「…おはようお母さん」
「お母さんじゃない桂だ」
「おかーさーん、黒いもじゃもじゃ兄貴が妹にセクハラしてるよーう」
「ほがなこと言うたち兄やんじゃき、かまわんちや」
「というか俺は高校生にして三人の子持ちなのか…すさまじいな」
「いやいや、何ちょっと受け入れてんの」
いつもと同じように喧しい朝は、けれどどこか微妙に違っていた。その理由は制服のポケットにしまったわたしの携帯が知っている。いち早く気付いたお母さん、もとい小太郎がきょろきょろと目を泳がせながら問う。
「そういえば、高杉の奴はどうした?」
「あそういや今日見てねえな」
「わしもやちーサボりかや?」
「晋助今日休みだって。風邪引いて」
わたしが言うと、馬鹿3人は揃いも揃って阿呆面を晒した。前から思っていたのだけど、晋助を含めこいつらは馬鹿なのか阿呆なのかいったいどっちに分類するべきなんだろう。もしかしたらもっと別の、何か新しいカテゴリーが必要になる気がするけれど。
「か、風邪ェ?!」
「あ、あの万年中二病の高杉が?!」
「風邪じゃと?!」
漫画だったらビシャーンとネガポジ逆転していそうな絵柄っぽく大げさに3人が驚く。しかしその気持ちは分からなくもない。だって晋助なのだ。晋助と風邪。どうやっても繋がらない。
「そ、万年中二病で昼夜問わず盛りまくりの高杉くんは風邪でお休みです」
晋助からのメールを開いて、3人に見せる。「風邪引いた。休む」絵文字も何もない簡潔なメールはいつもの晋助だけれど、やっぱりどこか弱っているように見えた。
「あいつ俺らには連絡よこさねえくせに何ちゃっかり絢音にはメールしてんだ」
「高杉は照れ屋さんやき」
「弱っているのを知られたくなかったのではないか?」
「絢音にメールしたら確実に俺らにも伝わんのにな」
「高杉はお馬鹿さんやき」
「辰馬…あんたねえ」
言いたい放題の辰馬をじとりと見るとすごく楽しそうな目が返ってきたので見るのをやめた。この間の地獄の一週間で、辰馬は完全にドSへの道の工事を完遂させてしまったようだ。それは、年度末に行われる余った予算使い果たしのための工事と同じくらい無駄だ。
「絢音の例えはわかりにくいちや」
「ひっ、人の心を読むな!」
「よし!」
もう一人のドSで毛玉が、何か良からぬことを思いついたようでにやにやとほくそ笑みながら大声を上げた。残念ながらわたしたちにこの白毛玉を止める力はない。どんまい、おそらくのターゲット晋助。

「見舞いに行こうぜ!」
「お見舞い?晋助の?ええ…だって風邪でしょ?そんなお見舞いに行くほどじゃ…」
「いやいや、高杉が弱ってるとこ、見たくね?」
「晋助が、弱ってるとこ…」
み、見たい…!あの年がら年中発情期で女という女を手玉に取りまくっているケダモノ晋助くんが、よ、弱っている…それは見るしかないでしょう!
「だろ?じゃ、放課後はあいつん家決定な」
というわけで、何とも不純な理由でわたしたちは晋助のお見舞いに行くことにしたのだった。ああ、弱ってる晋助かあ…だめだ楽しみすぎる。


放課後、晋助のところへ行く前にわたしたちは近くのドラッグストアに立ち寄った。お見舞いの品として、ゼリーやらプリンやら食欲がなくても食べられるようなものをカゴに放り込む。そうして中身が山積みになったカゴを抱えてレジに向かう男共を待たせてわたしは風邪薬のコーナーに足を向けた。適当な錠剤を選んでこれもカゴに放り込む。それを見て銀時が変な顔をした。
「?あいつん家にも風邪薬くらいあるだろ?」
「いーのいーの、ほら辰馬お金出して」
「カード使えるかのー?」
金持ち坊ちゃんアッハッハ野郎を要しているわたしたちにとって割り勘など無用である。第一、当の本人が1ミリも疑問を抱いていないのだからわたしたちが構うべきであるはずもない。くそ真面目の小太郎だってもうそこは暗黙の了解で落ち着いている。だいたいこれくらいの出費などあいつの金銭感覚からしたら、わたしたちにとっての駄菓子屋での買い物に等しいに違いない。

ドラッグストアを出てすぐに、買った錠剤の風邪薬を口に放り込むわたしを銀時がまた変な顔で見る。「引き始めの風邪に」という売り文句の風邪薬だ。予防くらいなるに違いない。
「予防っておまえ、ガキじゃねーんだから風邪引いてるやつの部屋入ったくらいじゃ移んねーだろ」
「いーのいーの、つーか人の心読むな」
「ほれ、もう着くろー」

ぴんぽーん、と軽やかな音を鳴らしてインターホンが鳴る。きらびやかなエントランスのこのマンションが、晋助の住家だ。辰馬ほどではないにしろ、晋助の実家はかなりの名家なのだけれどあんな感じの晋助が、お硬い名家の両親と上手くいくはずもなく、晋助は中学のころから実家を出てここで一人暮らしをしている。それにしてもまあ、贅沢な坊ちゃんだこと。インターホンの横にカメラがついているらしく、がちゃりと音がして出た晋助は無言でまたがちゃりとインターホンを切った。追い返されたかと思ったのだが、まもなくすうっと自動ドアが開いてわたしたちを迎え入れる。わたしたちの顔を見て文句のひとつも言わなかった晋助はもしかしたら思った以上に弱っているのかもしれない。思わず口元がにやけてしまう。

「お邪魔しまーす」
エレベーターを最上階まで上がってやたらと広い部屋に上がり込む。何度来てもこの広さには慣れない。わたしの部屋がまるで押し入れだ。
「晋助ー?」
勝手知ったる晋助の部屋を、彼の寝室目指して歩き回る。がちゃりと開けた寝室のこれまたやたらと大きなベッドには、果たして小ぶりの頭が見えた。布団を顔まで被っているのは弱っている顔を見られたくないからかもしれない。
「晋助、お見舞い来たよー」
「…なんであいつらもいんだよ」
「銀時がお見舞い行こうって言ったの」
「くそ…だりい……」
おお…弱っている…!俄然楽しくなってきたのでせっせとビニール袋から見舞いの品を取り出すわたしを晋助はいまいち焦点の定まらない目で見ていた。よほど熱が高いらしい。
「晋助ゼリーとか食べられる?」
「…食う」
晋助が布団から顔を出した。熱のせいで顔は赤く上気して目が潤んでいる。わたしとしたことが一瞬、可愛いとか思ってしまった。落ち着けわたし。熱が下がったらこれはただの獣だ。体を起こした晋助にゼリーを渡していると(あーんしてあげようとしたら無言で殴られた)リビングでくつろいでいた3人が寝室に入ってきた。晋助があからさまに顔を歪ませる。
「お、高杉生きちょったがかー?アッハッハ弱っちゅう」
「…うるせえ」
「高杉、いちご牛乳もあるぞ飲むか?」
「いらねえ、天パがうつる」
「うつるかァア!」
「銀時、大きな声を出すな、高杉が死ぬ」
「死ぬか!何?俺の声どんだけ殺傷能力持ってんの?」
「うるせえ…つーか帰れ」
晋助がゼリーのスプーンで寝室のドアを指す。けれど予想以上に弱っている獲物をこの補食者たち(うち2人ドSもじゃ)が見逃すはずもなく。あわれうさぎさんは獰猛なライオンたちに跡形もなく喰われてしまうのでした。―――続く。
「オイ何ナレーション風に恐ろしいこと言ってんだ」

#06.the poor rabbit's story 
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