きらりと光った(ように見えた)全ちゃんの目はやっぱり良からぬことを考えていた。放課後の体育館で、馬鹿四人はめいめいモップを手にぶつくさと文句を零している。もとはと言えばあんたらのせいだろうこの野獣どもめが。

お昼休み、職員室に出頭したわたしたちを全ちゃんはいやーな笑顔で迎えた。まあまあ、立ち話もなんですし、と銀時が生徒にあるまじき図々しさでずかずかと応接室へと入っていく。同じく図々しいわたしたちも銀時の後を追って応接室にでん、と構える革張りのソファに体を沈めた。どうせお説教されるんだせめて環境のいい場所でお説教されてやる。
「…あのねえお前ら」
「全ちゃん、わたし早くお昼食べたいからちゃっちゃと済ませて」
「俺のいちご牛乳が売り切れる!」
「安心しろ坂田、いちご牛乳そんなに需要ねえから、あんな甘いモン誰も飲まねえから」
全ちゃんは、はあと溜息をついてわたしたちを見た。辰馬は相変わらず呑気に笑っているし、小太郎はソファのふかふかに感動しているし、晋助は踏ん反り返ってテーブルに足を乗っけているし、銀時は何故かジャンプを胸に抱えている。ちなみに今日は水曜日だ。銀時が今週号をまだ読んでないのは珍しい。

「で、遅刻の理由は」
「「「「「寝坊」」」」」
「五人揃って同じ時間にか」
「だってこいつらが、」
「テメなに俺らのせいにしてんだ、もとはと言えば絢音がヤっただヤらねーだとごちゃごちゃ言ってたせいだろーが」
「もとはと言えばあんたらがあんな格好で寝てるからでしょうが!」
「絢音も服着とらんかったじゃろ」
「……あれは不可抗力!つーかどうせあんたらが脱がしたんでしょ」
「俺じゃねえ、高杉だ」
「晋助コノヤロー!」
「いいじゃねェか減るもんじゃなし」
「減るわァ!確実に何かわたしの大切なものが減るわ!」
「落ち着け絢音、先生が唖然としている」
「…あ」
全ちゃんはぽかんと阿呆面を曝したあと、こちらに身を乗り出してきた。やばいやばいこの人教師のくせにこういう不純で面白そうな話大好きなんだった、あーぜったい前髪の奥の目がきらきらしてるよ、ぜったい光ってるよ。あーうざいな、その前髪ザクザクしてちょっとワイルドなシャギーにしてやりたい。
「なになにお前ら一緒に住んでんの?」
「ちっがあぁぁあう!」
「まあ、俺らはいつでも一緒に住んでもいいと思ってんスけどね」
「話をややこしくするな毛玉」
「絢音は確か一人暮らしだったよなー、駄目だぞー寂しいからって男四人も連れ込んだら」
「ちがうって言ってんだろうがこの阿呆教師」
わたしの悪態は聞こえていなかったらしく、全ちゃんは外世話な笑みを浮かべてわたしたちをぐるりと見渡した。あ今、いいこと思い付いた!って顔した。が、このむっつり教師の思いつくいいことは碌なことだった試しがない。
「不純男女交際の罰としておまえら放課後体育館のモップ掛けなー」
「「「「「はああ?」」」」」
「ついでに俺もまだ今週号読んでねーから坂田のジャンプも没収ー。放課後掃除が終わったら取りに来い」
「は?ざっけんなよ返せ!俺のジャンプ!」
「おまえなー高校生にもなってまだジャンプ読んでんの?いい加減卒業しろよ、卒業」
「いまだに愛読してる教師に言われたかねんだよ!」
「校長、モップ掛けウチの生徒がやってくれることになりましたー」
「無視してんじゃねえ!」

こうして大切な放課後(と、銀時のジャンプ)を奪われたわたしたちは無駄にでかい体育館のモップ掛けに精を出していた。いつもは部活動に励む生徒たちでいっぱいの体育館も、今はモップを手に文句をぶうたれているわたしたち五人しかいない。晋助がモップの柄に乗せた掌に顎を置いてサボっているのを見つけて小太郎が叱っている。小太郎ってなんかお母さんみたいだ。

「絢音ー」
ふいに。馬鹿四人以外の声が聞こえてわたしは体育館の入口をぱっと振り返る。声の主は同じクラスの友達だ、親友とも呼ぶべき。そんな彼女はコンビニの袋を顔の横まで持ち上げて何やらニコニコしている。
「全ちゃんに罰掃除させられてるんだってー?はいこれ差し入れー」
「うおお、まじでか!」
「坂田たちもどーぞー」
「やっべ、メシア来たぞメシア!」
差し入れに男どもが群がっていくのをさしずめ公園の鳩にパンの耳をばら撒くおじさんのごとき笑顔で見て、
「ねえ絢音あいつらと同棲してんだって?」
「……はあい?」
「だって全ちゃんが」
「ンだとあのクソ教師ー!!」
むきーっと逆上するわたしを見れたのが楽しいのか、彼女はさらに破顔してわたしの背中をぽん、と叩くと体育館から出ていった。そうだ差し入れなんて柄じゃないことをするから忘れていたが、こいつはこういう奴だった。そもそもこういう奴じゃなければ性悪で口が悪いわたしと友達なんてやってくれていない。
しかし今は親友の性格分析など二の次である。あの腐れ教師め。よっぽどワイルドな前髪にしてほしいらしい。さっさとモップを仕舞い出したわたしを辰馬が不思議そうに見る。
「おー?絢音どこ行くが?」
「…帰る」
「む、絢音、まだ掃除が終わっていないぞ」
「絢音が帰るなら俺も帰るわー」
「寄るな、同棲がうつる」
「や、うつるもんじゃねーからね同棲」
「ん?なに怒ってんだお前」
「怒ってない。ただあのクソ担任教師の前髪をざっくりやったら面白いだろうなあと思ってさ、あはは…」
「いかん絢音が遠い目をしている」
「待ってろ服部ィィ!」
「オイィィ誰だこいつにハサミ持たせたの!」
「おお?いやハサミ欲しいちゅうて言われたき」
「おいいいやべえよあれはマジの目だ」
ハサミを入手したわたしは、体育館を飛び出して長い廊下を走り職員室の扉を思いきり開けた。中にいた先生たちが何事かと一斉にわたしを見る。追いかけて来る銀時たちの声が一層必死さを増した。
「全蔵!」
「あら、服部先生はお帰りになったわよ」
「な絢音、もう諦めて帰」
「……あいつん家どこ」
「家まで行くの?!」


半狂乱のわたしをずるずると四人が引きずって校門を出る。ちなみに体育館掃除は、やりかけだ。ざまあみろ全蔵。校長に怒られて給料50%カットされてしまえ。くくくと突然黒い笑いを漏らしたわたしを四人がぎょっとした目で見る。
「なー絢音、おまえそんなに同棲の噂が嫌なの?」
「は?や…別に嫌じゃないけど」
「けど、なんだ」
「わたしはできるだけ波風立てずに高校生活を送りたいんですよ」
「は?理由になってなくね」
「…あんたらわたしがこないだほっぺた腫らしてたのもう忘れたの」
「しつけえな、何年前の話してんだ」
「つい2、3日前だ!あんたらもモテたいんならその辺気をつけなさいよ」
わたしが本気で心配しているのに、馬鹿四人は揃ってぽかんとアホ面をさらした。まず辰馬がアッハッハといつも通りに笑いだし、銀時と小太郎は代わる代わるわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫で、晋助は背中にごつんと拳骨を見舞ってくる。
「な、なによう」
「おまん、そがなこと心配しちゅうがかー」
「ばっかじゃねーの」
「高杉は素直では無いな、せっかくの絢音のデレ場だぞ」
「濡れ場みたく言うな」
「絢音、お前はそんなこと気にしなくていいの!それにほら、モテなくなっても俺らにはおまえがいるし」
「…そういうのは、ずるい」

馬鹿に絆されるわたしも、相当馬鹿だというものだ。 

#04.there is love starting with some hard
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