だだだっと屋上へ続く階段を駆け上がる。踵を踏み潰した上履きがぺたぺたと大袈裟な音を立てて狭い階段の壁に響いた。腕に抱えたパンとサラダといちご牛乳を落とさないように屋上の重たいドアを開ける。

「お、やっと来たぜよー」
「おっせーよ絢音ー銀さん腹減って死にそーだよ」
「ごめんごめん購買混んでて」
「っとにとろいなおまえは」
「ちょっとちょっと晋助それわたしのパン」
「うるせーな、待たせるからだ」
「高杉、口に物を入れたまま喋るな、はしたない」
「おかーさーん晋助がわたしのパン盗ったよう!」
わたしがお母さんのさらさらストレートヘアを引っ掴むと、お母さんもとい小太郎はお弁当に入っていたらしい卵焼きをひとつわたしの口に放り込んだ。水族館でよく見るイルカやアシカに餌をやる飼育委員さんみたいなあしらい方に言いたいことは山ほどあったけれどとりあえず黙ってもぐもぐと一生懸命甘めの卵焼きを咀嚼する。今喋ったら小太郎に怒られるからだ。

「晋助!パン返してよ!」
「もう食った」
「え、嘘でしょ!全部?」
「証拠のゴミやる」
「いるかボケ」
「アッハッハおまんら喧嘩はやめえ、絢音にはわしが何でも買っちゃるき」
「ほんと!わーわたし辰馬のその経済力だいすき」
「わしも絢音だいすきじゃー」
さりげなく抱き着こうとしてきたから無言でそのもじゃもじゃを引っぺがすと、その隣の白いもじゃもじゃがざまあみろと笑った。余談だがわたしは時々この集団のもじゃ率の高さに我に返ることがある。もじゃから目を離そうとあさってを向いたらそこにももじゃなんてよくあることだ。
「オイコラ天パ、都合のいいように脳内変換してんじゃねえよ、絢音が好きなのはおまえの経済力なの、け・い・ざ・い・りょ・く」
「は、経済力もねえ天パがよく言うな」
「てっめ高杉!ちょっと髪がサラサラストレートで金持ってるからって馬鹿にしてんじゃねえぞ」
「馬鹿にされたくなかったらとりあえずその毛玉どうにかしろ、なんだその髪、おちょくってんのか腹立つな」
「おーし上等だコラ天パ馬鹿にしてっと痛い目見んぞコノヤロー、な、辰馬!」
「何を言うちょるがかーおまんとわしば一緒にしてもらったら困るき。わしのが大分かマシちや」
晋助にコンプレックスの髪質を鼻で笑われた銀時が、もじゃ要員の辰馬を巻き込んで何の実りもない天パ論議を始めた。うるさいうるさい。わたしは購買で買ってきたサラダに手をつける。この状況で間に入ろうものなら、流れ弾を喰らって巻き込まれるのがオチだ。
「お前のどこがマシなんだよ!俺よかよっぽどボリューミーだろうが!」
正直銀時と辰馬の頭など、その毛の色くらいしか違いが分からないのだが、本人たちにとっては大きな問題らしかった。わたしは人並みの髪質で良かった、お母さん天パに産まないでくれてありがとう。
しかしまあ現時点でわたしにとっての大問題はこのOLのうさぎみたいなお昼ごはんなのだ。主食がサラダの可愛い小食アピールをするのはもう少し大人になってからでいい。しかもこのサラダ、誰の陰謀かキャベツの千切りにトマトが埋まっている。埋めるなよ買う時わからないだろうが。
「小太郎、トマトとから揚げチェンジチェンジ」
「む、絢音好き嫌いはいかんぞ、高杉みたいになってもいいのか」
「う…それは嫌かも」
「…テメーら何俺を反面教師に使ってんだコラ」
「トマトを食べるか…晋助みたくなるか…究極の選択だな」
「どういう意味だ」
「え、いやほら、背…が、さ」
「申し訳なさそうに言うな殺意が芽生える」
「お、獣くる?黒い獣くる?」
「おいやめろわくわくすんな」

「アッハッハおまんも分からん男じゃのー金時、わしが言っちゅうはおまんの髪の色じゃ、わしはそがに苦労しちゅう髪の色はしとらんきに」
「誰が若白髪だ!これは銀色なのって何回言ったらわかんだてめえは」
「いい加減にしろ貴様ら、どちらもそう変わらん」
「「………」」

女のわたしを差し置いて黒髪ストレート代表を務める小太郎の言葉はかなりの効力を持ったらしく、もじゃ二人は些か哀しげな目をして大人しくなった。グッジョブ小太郎。素知らぬ顔でお弁当をもそもそ食べている小太郎に親指を立てると、お腹が効果音をぐう、とつけた。やはりわたしはうさぎにはなれない、早急に炭水化物を取らなければ。
「辰馬、お腹空いたよ」
「おお、購買行くが?何でも買うちゃろ」
辰馬(の経済力)に感謝して立ち上がると、その辰馬がわたしの腕を引っ張った。空腹も手伝ってふらりと倒れるようにわたしは辰馬の前に座り込む。辰馬がニコニコと自分の口を指差した。
「…はい?」
「アッハッハ礼は絢音のちゅーでえいぜよ」
「てめ辰馬!なに金に託けて絢音の唇奪おうとしてんだ!」
「うーんまあ…ほっぺならいいけど」
「絢音ちゃん!何普通に了承してんの!お前も少しは恥じらいなさい!お母さんそんな風に育てた覚えはありませんよ!」
「ううんお母さんわたし知ってるよ、わたしお母さんの本当の子じゃないんでしょ…?だって、わたし…天パじゃない…」
「何その斬新な気付き方!そしてさりげなく天パ馬鹿にすんな」
「仕様ないのー、今回はほっぺで我慢するき」
辰馬がずい、と顔をこっちに寄越す。早いところ炭水化物を摂取したいので、わたしは早々に反論を諦めて意外ときめ細やかなその肌に唇を寄せた。この四人とつるみだしてから、キスくらいで恥じらう可愛いらしいわたしはどこかに置いてきてしまった。確実にそれはこの四人のせいなのに、恥を知れ!と叫ぶ銀時は責任放棄もいい所だ。しかしともかくこれで購買に行けると立ち上がると、今度は黒い獣が雑な扱いでわたしのスカートを引っ掴んで引きとめる。いや、これはもう捲っている。
「何すんだこの変態」
「絢音、俺も何か買ってやるからキスしろ」
「い・や!どうせさせるだけさせといて無視する気でしょ」
「お前こないだ駅前に出来たケーキ屋行きたいっつってたよな」
「…あそこのケーキ奢ってくれるの」
「好きなだけ食え」
「……」
心揺れ出したわたしに晋助は辰馬と同じように顔を突き出した。ほっぺにキスで、学生には手の出しにくいお高めケーキを奢ってもらえるなら背に腹は代えられまい。現金なわたしは晋助の頬に唇を寄せる。

が、わたしは忘れていた、こいつは獣なのだ。獣は獣でも、獣と書いてケダモノと読む種類の。
わたしの唇が晋助の頬にたどり着く寸前、晋助の顔がくるりと回転してこちらを向いた。わたしの唇は晋助に捕まって顔が繋がる。不意を突かれて目を開けたままのわたしは、晋助がにやりと目だけで笑ったのを見てしまった。危険信号にわたしが顔を離す前に、呆然として緩んでいたわたしの唇をこじ開けて晋助の舌が入ってくる。好き勝手に暴れる舌は、やがてわたしから深い息を引きだすことに成功して、委縮しているわたしの舌に満足げに絡まる。
ちらりと残りの三人を見遣れば、銀時は発狂しているし小太郎はお箸を持ち上げたままま固まっているし辰馬は呑気に笑っていた。誰も助けてくれそうにない。薄情者共め。
調子に乗った晋助がわたしをがばりと組み敷いたのを見てようやく発狂が治まった銀時と、金縛りが解けた小太郎がわたしから晋助を引っぺがす。そして何故か爆笑している辰馬によって、できるだけ晋助から距離を置いた場所に座らされた。

「…てっめえは何してんだコラア!んなケーキくらいで……あ」
「どうしたの?」
怒り狂っていた銀時が、突然何かを思い出したように我に返った。晋助の隣にいるせいでわたしからすごく遠くにいる銀時に尋ねる。しかしその前にわたしは大事なことに気付いた。自然眉間に皺が寄る。
「いやちょっと待て、お前それどこ押さえてんだ」
「や、さっきの絢音の顔…股間にきた、お前キス顔まじエロいわ」
「…死ねクソ天パ」
「俺もケーキ奢ってやるからさあ、代わりに一発「させるか!」

#01.in the merry school rooftop

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -